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◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう18◇◆◇◆

1 :名無し草:03/12/03 23:59
ここは一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」が好きな人のためのスレッドです。

お約束
 ■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
 ■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう
*作品への感想は大歓迎です。作家さんたちの原動力になり、
 スレも華やぎます。

前スレ、関連サイト、お約束詳細などは>2-10のあたりにありますので、
ご覧ください。特に初心者さんは熟読のこと!


2 :名無し草:03/12/04 00:01
◎前スレ「◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう17◇◆◇◆」
 http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/l50

◎関連スレ「まゆこ」
 http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1028904997/21-n
 本スレのお約束やスレの今後について話し合うスレです。
 次スレのテンプレ相談などはこちらで。

◎関連サイト「有閑倶楽部 妄想同好会」
 http://freehost.kakiko.com/loveyuukan
 ここで出た話をネタ別にまとめてくださっているところです。
 古いスレのログも置いてあります。

◎関連BBS「妄想同好会BBS」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/1322/
 「有閑倶楽部 妄想同好会」の専用BBSです。
 本スレに作品をUPしにくい時のUP用のスレなどがあります。

◎関連絵板「■ □ ■ 妄想同好会 絵板 ■ □ ■」
 http://www8.oekakibbs.com/bbs/loveyuukan/oekakibbs.cgi
 「有閑倶楽部 妄想同好会」の専用絵板です。
 イラストなどがUPできます。



3 :名無し草:03/12/04 00:01
◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)

<原作者及び出版元とは全く関係ありません>

・初めから判ってる場合は、初回UPの時に長編/短編の区分を書いてください。

・名前欄には「タイトル」「通しナンバー」「カップリング(ネタばれになる
 場合を除く)」をお願いします。

・性的内容を含むものは「18禁」又は「R」と明記してください。

・連載ものの場合は、二回目以降、最初のレスに「>○○(全て半角文字)」
 という形で前作へのリンクを貼ってください。

・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。

・作品UPする時は、直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか
 確かめましょう。重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。

・作品の大量UPは大歓迎です!


4 :名無し草:03/12/04 00:02
◆その他のお約束詳細

・無用な議論を避けるため、萌えないカップリング話であっても、
 それを批判するなどの妄想意欲に水を差す発言は控えましょう。

・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加
 しやすいように、なるべく名無しで(作家であることが分からない
 ような書き方で)お願いします。

・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など
 自由にお使いください。

・950を踏んだ人は新スレを立ててください(450KBを越えそうな場合は
 950より前に)。
 他スレに迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。


5 :名無し草:03/12/04 00:03
◆初心者さんへ

○2ちゃんねるには独特のルール・用語がありますので、予習をお願いします。
 「2ちゃんねる用語解説」http://www.skipup.com/~niwatori/yougo/

○もっと詳しく知りたい時
 「2典Plus」http://www.media-k.co.jp/jiten/
 「2ちゃんねるガイド」http://www.2ch.net/guide/faq.html

○荒らし・煽りについて
・時々、荒らしや煽りが現れるかもしれませんが、レスせずスルーしてください。
 指差し確認(*)も無しでお願いします。
 *「△△はアオラーだからスルーしましょう」などの確認レスをつけること

・荒らし・アオラーは常に誰かの反応を待っています。反撃は最も喜びますので、
 やらないようにしてください。

・放置されると、煽りや自作自演であなたのレスを誘い出す可能性があります。
 乗せられてレスしたら、その時点であなたの負けです。くれぐれもご注意を。

・どうしてもスルーできそうにない時は、このスレでコソーリ呟きましょう。
 「■才殳げまιょぅ■タロ無し草@灘民【3】」(通称:ちゃぶ台スレ)
 http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1032266474/l50
 (注)有閑スレのことだとバレないように呟いてください
   このスレで他の人のレスに絡んだり、このスレのログを他スレに
   転載したりは、しないでください。

○誘い受けについて
・有閑スレでは、同情をひくことを期待しているように見えるレスの
 ことを誘い受けレスとして嫌う傾向にありますので、ご注意を。
 語源などの説明はこちら
 http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1028904997/172

6 :<暴走愛>:03/12/04 00:16
>1
新スレ立て乙です〜

さっそくですが<暴走愛>うpします。

7 :<暴走愛> 第1章(19):03/12/04 00:18
>>http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/722
子どもを作ろう、と豊作が言い出したのは、それからすぐの事だった。
「父さんも母さんもそろそろ孫の顔が見たいって言ってるしさ、僕に似たら
可哀想だけど、可憐に似たらきっと可愛い子どもが生まれると思うんだ」
豊作は、子どもを作ることがいかに重要なことかを力説した。
あと二、三年は子どもはいらないと思っていた可憐が反対すると、
ひどく不機嫌になったので、可憐は渋々承知するより他なかった。

それにしても、豊作は何か子どもができることに過剰な期待を抱いているような
気がしてならなかった。ひょっとしたら、この人は、万作や百合子が孫可愛いが故に
その父である自分を厚遇するだろうと、本気で考えているのではないか。
子どもが生まれたら、自分の運命が好転するだろうと信じているのではないか。
そう可憐に思わせる程、子ども作りに執着した。
妊娠・出産本は元より、産み分け法や名付けの本を手当たり次第に取り寄せ、
果ては授かってもいないわが子の部屋まで作ろうとするので、さすがにそれは
授かってから、ということで了承させた。
そんなに過剰な期待を抱いて、もし子どもが生まれても事態が好転しなかったら
どうするつもりだろう。可憐は獏とした不安を覚える。

もちろん子作りの真の舞台は夫婦の寝室であるが、可憐は営みが苦痛になりつつあった。
というのも、豊作がセックスに求めるものが夫婦の愛を確かめあうことではなく、
子作りそのものに変わったからである。
可憐には基礎体温をきっちりつけさせ、豊作は毎日せっせと「作業」に勤しんだ。
子作りに向いてない日には妻には見向きもしなかった。
「作業」が終わると、すぐ次の作業に取りかかれるよう「準備」に励む。
豊作の年では一日連続作業は辛いと見え、運良く二回目の作業を終えることができると、
「これで二人も作れたね」
などとウキウキ手帳に回数を書き込んでいるので、可憐はげんなりしていた。
しかし、これも子どもができるまでの辛抱だ――そう自分を慰めるしかなかった。

8 :<暴走愛> 第1章(20):03/12/04 00:19
ドイツに住む野梨子から久しぶりに国際電話があった。

彼女は茶道の普及のため、一年前からドイツで暮らしていたが、先月になって突然
地元のドイツ人の男性と『結婚した』という報告の葉書を友人達に送って、彼らを
驚かせた。可憐や悠理は驚きの余り、開いた口がふさがらなかったが、
意外にも野梨子の両親は野梨子が幸せなら、と一人娘と外国人の結婚をあっさりと許した。
さすが器が違う、と可憐達は感心したものだ。

電話を切ってから可憐は野梨子が送って来た写真に目をやる。
野梨子と頬を寄せあっている淡色の髪の男性は、妻より一回り年が上らしい。
だが人種が違うというのに、その落ち着いた佇まいの男性は、今は悠理の夫となった
男にどこか似ている。
「野梨子……」
可憐はため息をつき、写真をドレッサーに置いた。
もうすぐ夕食の為、着替えをしなければいけなかった。
ライトブラウンのサテンのドレスの胸元に、豊作から贈られたトパーズのネックレスを
つけてみた。髪型をアップにすると、剥き出しになった首をネックレスがより強調して
美しかった。

大テーブルに万作、百合子、豊作、可憐、そして悠理と清四郎が席につき、
月に一回の夕食会が始まった。多忙な家族ゆえ、一つ屋根に暮らしていても全く顔を
合わせない時が多いので、月に一度こうやって同じテーブルを囲むことになったのである。
もっとも気紛れな百合子が当日日本にいないことがあったり、
男達の仕事の都合がつかなかったりで、全員揃うのは結婚してから、これが初めてであった。

万作や百合子の笑い声をBGMに名シェフのディナーが進んで行く。
万作夫妻の話に相槌を打ちながら、可憐は豊作と清四郎の間に冷え冷えとした空気が
流れていることが気になって仕方なかった。悠理も薄々は兄と自分の夫の不仲を
察しているらしかったが、特に二人の会話を取り持ったりせず黙々と食べている。

9 :<暴走愛> 第1章(21):03/12/04 00:20
コーヒーが済むと豊作が立ち上がった。
「僕は仕事があるから、これで」
その時、食事の間中ずっと黙っていた悠理が口を開いた。
「兄ちゃん、話があるんだ。ちょっと座って。とーちゃんやかーちゃん、皆も聞いて」
ため息をついて豊作が席につく。万作が身を乗り出した。
「なんだがや、悠理」

汗を流しながら言い淀んでいる悠理に、清四郎が不審な顔をする。
「どうしたんですか、悠理」
悠理の顔が赤くなったり青くなったりしている。
「こっ」

可憐は悠理の顔がほんの少しふっくらとした事に気がついた。
まさか。

「こっ」

まさか。

悠理がテーブルに手をついて頭を下げた。
「とーちゃん、かーちゃん、ごめん!あたい、子どもができた!」

百合子が嬌声を上げて万作に飛びついた。
万作と二人で手を取り合ってジャンプしている。
「あなた何あやまってるのよ、おめでたいことじゃない」
「そうだがや、儂に孫ができるとは嬉しいじゃねえか。乾杯だ、乾杯!」

10 :<暴走愛> 第1章(22):03/12/04 00:21
やっと我を取り戻した可憐は、かすれ声で悠理を祝福した。
「おっ、おめでとう、悠理……。元気な赤ちゃんを産んでね」
「ありがと、可憐」
悠理は恥ずかしそうに微笑む。

なぜ運命は私の思い通りにいかないんだろう、と可憐は暗い気持ちで考えた。
悠理に子どもができるのが今じゃなかったら、
自分達に子どもが授かったとわかった後だったらよかったのに。
悠理の妊娠を心から喜んで祝福したくとも、今はできそうもなかった。

可憐は夫の顔を盗み見る。
豊作の顔には表情がなかった。
それでも妹のために、ようやく笑顔を作ると、彼女の頭をなでた。
「よくやったな。がんばるんだぞ」
「うん、にーちゃん」
それから貼り付いた笑顔で清四郎にも手を出す。
「おめでとう、清四郎くん。まさか、先を越されるとは思わなかったなあ」
「ありがとうございます」
清四郎は狐につつまれたような顔をしていたが、気がついて余裕の笑顔を作り、
豊作の握手に答えた。
そのまま何か言いたそうに悠理を見たが、視線が合うと、悠理はさっと目をそらした。

続く


11 :名無し草:03/12/04 00:34
>1
スレ立て乙です〜ありがd!

>暴走愛
早速ドロドロですねー可憐が切ないです。
みんな清四郎の思うように動いている感じですね。

12 :名無し草:03/12/04 00:47
>1さん
スレ立て乙です!
このスレも盛り上がるといいなぁ。

>暴走愛
さっそく続きが読めて嬉しいです。
そして、悠理。御懐妊おめでd。
清四郎は、見に覚えがないっぽいですが…。
処女受胎(w は悠理と言えども、さすがにないだろうし、
誰の子か楽しみだ〜!

13 :名無し草:03/12/04 00:55
>1さん
スレ立てアリガdです。

>暴走愛
うおぉ〜!
続きがたのしみですな。
赤ん坊の父親は誰ぞ?
清四郎は心当たり無さそうだし・・・
そーいや昔、「この子誰の子」ってドラマありましたよね
関係ないけど(^^;)

14 :名無し草:03/12/04 00:55
>1さんスレ立て乙〜。

>暴走愛
面白くなってきましたね〜。
本当に、悠理の子供は誰の子なんだろう。
美童か…まだ姿を見せない魅録…?
続きが楽しみです!

15 :名無し草:03/12/04 01:32
>暴走愛
壊れていく豊作さんが痛々しい・・・
清四郎が悪になりきっているさなか
悠里の行動パターンだけは読めていなかったのかしら?
飼い犬に手をかまれたってところ?
父親は一体誰?
物語にぐいぐい引き込まれていきます!


16 :名無し草:03/12/04 09:53
狐につつまれちゃう清四郎・・・

17 :名無し草:03/12/04 10:41
>16
稲荷寿司ですねw

18 :名無し草:03/12/04 12:53
>17
ゴメソ、違うのを想像しちゃったよ
清四郎の・・・ ゲフンゲフン
昼間っから色ボケしてしまいますた
逝ってきまつ

19 ::03/12/04 13:41
>1さん、スレ立て乙です。

「檻」続きいきます。

20 :檻(75) :03/12/04 13:42
>> http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/709 の続きです。

「まーたやってるわ」
湯上りの可憐は、肌触りのいいシルクのパジャマに身を包み、ソファに横たわった。
幅の薄いプラズマテレビの画面には、スーツ姿のすました清四郎と真っ赤なドレスに身を包み
この世の幸福を独り占めしたと言わんばかりの顔をした綾香が映っていた。
「昨日から、こればっかりね」
可憐の母、樺子が慣れた手つきでワインのコルクを抜いている。

――昨日の事は、思い出したくも無い。
清四郎の家を出た後、野梨子の母も含む可憐たち6人は、
とりあえず一旦解散という事になり、それぞれの家に帰った。
夕方から動きっぱなしで、身も心も疲れ果てていた可憐は、帰った途端
シャワーも浴びず、着替えもせずにベットに倒れこんで眠っていた。
が、深く眠りに落ちないうちに母に揺さぶり起こされ、言われるままにテレビを見ると
何と清四郎と綾香が、結婚を報告する記者会見を行っていた。
清四郎の家を出てから、その時点でわずか2時間しか経っていない。
どのチャンネルも特別枠で全て2人の記者会見が映っており、テレビジャック状態だった。
たかが1組の結婚に、信じられない事にテロや大地震並みの報道態勢が採られている。

だが、本当に大変だったのはそれからだった――。
テレビを見たプレジデントの友人や、清四郎と可憐の共通の知り合いから
30秒ごとに引っ切り無しに可憐の携帯に、電話がかかって来る。
隙を見て、悠理や美童、魅録の携帯に電話をするが3人も可憐と同じ状態にあるらしく
何回掛けても繋がらない。
メールをしようとしても、書こうとするその瞬間に電話が掛ってくる。
かと言って、いつ悠理達から連絡が入るか判らないので、電源を切るわけにもいかない。
半ばノイローゼになりかけ、やっと悠理と連絡が取れた時には空が白み始めていた。


21 :檻(76) :03/12/04 13:43
「清四郎君は?」
樺子が可憐にワイングラスを手渡し、自分も隣のソファに座る。
「だめだめ、ぜーんぜんだめっ」
見捨てるような捨て台詞を残したものの、やはり清四郎の事は気になっていたので
昨日から何回か電話を掛けてみたが、ずっと電源を切っていて繋がらない。
念の為、和子の携帯にも掛けてみるが、彼女もやっぱり電源を切りっぱなしだった。
無理もないかもしれない。
友人である可憐でさえ、あれだけの電話やメールに悩まされた。
当の本人の清四郎や家族の和子など、家の電話線まで切らないと追いつかないだろう。
「そんな事言ったって明後日から兼六の家に住んで、学校も替わるんでしょう?」
樺子は可憐のグラスにゆっくりワインを注ぐ――。
「来週には御式だし、今日か明日ぐらいしか落ち着いて話が出来ないんじゃない?」
上品なワインの香りが可憐の心を落ち着かせる。
「今日も明日も話どころか、顔も見れないわよ、多分」
携帯で連絡が取れない清四郎に会いに、可憐達4人は昼過ぎに清四郎宅へ赴いた。
が、すでに50人からの報道陣が清四郎の家の前に張り付いており
おまけに清四郎の家を取り囲んで、3mごとに兼六財閥のSPが立ちはだかっている。
天皇一家に御輿入れする一般人でも、こんな厳重な扱いは受けないだろう。
可憐たちは2時間ほど遠巻きに機会を窺っていたが
結局、話をするどころか清四郎の姿さえ見る事が出来なかった。
「他に何かやってないのかしら?」
樺子がリモコンのチャンネルを色々押しつづけるが、あまり興味をそそる番組はやっていない。
1周して、元の結婚記者会見の画面に戻る。
『逆玉の輿!?19歳天才少年、次期財閥当主に華麗なる転身!!』
ワイドショーっぽい企画物らしく、妙な見出しが打ってある。
昨日の夜に引き続き、今日も朝からこの話題ばかり放送されていた。
悠理など、清四郎と綾香の顔が映っただけで腹が立つらしく、その度に
画面に叫びながら飛び蹴りを食らわしていると昼間会った時、話していた。


22 :檻(77) :03/12/04 13:44
「野梨子ちゃんは?」
野梨子は愚痴をこぼしもしなければ、泣きもしなかった。
「野梨子もだーめ、男に振られて泣きもわめきもしないんだもん。ほーんと、可愛くないわよ」
それは嘘だ。
泣きも喚きもせず、必死に背筋を伸ばそうとしている野梨子を見ると可憐は辛くてたまらなくなる。
向き合うと、可憐の方が泣いてしまいそうで、ろくに話も出来ない。
「嘘つきねぇ」
樺子はクスクス笑いながら、ティファニーのシガレットケースを可憐に向ける――。
「いいの?」
いつもなら、お酒を飲んでいるだけでも怒られる事があるのに、今日の樺子は寛容だ。
「今日だけよ」
可憐は樺子に小さく微笑み返し、細長いメンソールのタバコに火を点ける。
「それにしても、よっぽど深い訳があったのね」
樺子もタバコに火を点け、ソファにゆっくりと体を沈める。
「え、何が?」
可憐は聞き返す。樺子が何を指してそう言っているのかがわからない。
「清四郎君よ」
樺子はゆっくりとタバコの煙を吐き出す。
「訳って?」
「だから、例えその綾香って子とは結婚しなくても
野梨子ちゃんとは付き合うことも結婚も出来ないって言ったんでしょう?
『出来ない』って言うのなら、それなりの訳があったんじゃないの?」
「ちょっとママ、いい加減にしてよ――」
可憐はソファの上で膝を抱え、拗ねた顔を樺子に向ける。
普段学校で姉貴風を吹かしているせいか、家で樺子と話す時、たまに甘えた口調になってしまう。
「どんな訳があるって言うのよ。野梨子は清四郎を好き! 清四郎も野梨子を好き!
あたし達を含めて学校の生徒や周囲はみーんな暗黙の了解だし
両方の親に至っては『結婚して欲しい』とまで言ってんのよ」
怒りの言葉と共に、タバコの煙もぷかぷか噴き出す。


23 :檻(78) :03/12/04 13:45
「どんな訳かはママにはわかんないわよ」
樺子は苦笑しながらタバコをもみ消す。
「訳、訳ねぇ・・・」
可憐はソファをトントンと叩きながら考える。
「もしかして他に好きな人がいるって言うんじゃないでしょーね」
「だったらそうはっきり言うんじゃないの?」
樺子はグラスにワインを注ぎ足す。
「はっ」
可憐が突然目を見開き、立ち上がる――。
「どうしたの、可憐ちゃん?」
「まっ、まさか清四郎、人に言えないような恋を――。
そうよ! あいつ恋愛経験が無いから美童みたいにうまくやれなくって
深みにはまっちゃったんじゃ――」

可憐の妄想が花開く――。

冬の海。
人気の無い浜辺に佇む、清四郎と人妻・麦子さん(仮名)
『清四郎、私はあなたがいないと生きていけないの』
『麦子さん、僕だって――』
抱き合う2人――。
『清四郎』
『麦子さん』
深く口づけを交わす。
そして2人は――。


24 :檻(79) :03/12/04 13:45
「だめぇぇぇぇぇーーーーー!!!!」
可憐は頭を振り、絶叫する。
「せいしろぉぉ、不倫はだめよぉぉぉーーー!!」
近所から苦情が出かねない程、声が大きい。
「ちょっと可憐、可憐ちゃん!」
樺子が可憐をぺしぺし叩く。
「清四郎君がそんな事する訳ないじゃない。
それに他に好きな人がいたら周囲の反対を押し切ってまでわざわざ結婚する訳ないでしょ?」
「あー、そっか」
不倫疑惑終了。

テレビの画面は、まだ同じ放送をやっていて
あいかわらず幸せそうな綾香と、何を考えているかわからない清四郎が映っている。
「今度は邪魔しに行かないの?『可憐姐さん』」
樺子が可憐をからかう。

これからどうなるんだろう?
今の可憐には、明日の事どころか1秒先の事もわからない。


9月14日 土曜日 仏滅 
結婚式まで――あと7日。


25 ::03/12/04 13:46
本日はここまでです。
ありがとうございました。

尚、可憐のお母さんの名前ですが
「火」に「華」で「あき」と書かなければいけないのですが
過去ログに『その字では正しく表示されない機種がある』と書かれていたので
「樺子」にさせていただきました。
これでは「かばこ」という読み方になってしまうのですが
元の漢字の雰囲気が好きだったので、似たような字にさせていただきました。
大変申し訳ありませんが、これで無理矢理「あきこ」と御読み下さい。
長々と失礼しました。


26 :名無し草:03/12/04 14:21
>檻
清四郎、記者会見までしてしまったんですね。どんどん式が近づいてく〜
なんで、なんでなの、清四郎!?と思いながら読んでます。
続き待ってますのでよろしくお願いします。

27 :名無し草:03/12/04 14:31
>檻
なんかやばいです。今まで何度も「リアルで好き」って感想を
カキコしたのですが、こんなにどっぷりとはまってしまうなんて
自分でもびっくりです。
毎回楽しみにしています。樺子ママはとてもいいアイディアだと思います!

28 :名無し草:03/12/04 14:34
>16-17がツボだったんでAAをペタリ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
 な、なんか狐につつまれたような   |
 気がする・・・。             .|
_____  _________/
        V
            ∧_∧
            /    ヽ
            | `  ´|
      <>○<>\= o/               それは「つままれた」だろうが…
      // ヽ\⊂ ̄ , ヽ          ∧_∧ 激しく違うぞ。
      / ∧_∧ヽ  ̄   ヽ         (・∀・; )
     /,( ;´∀`)ヽ ,ゝ  |___, ヘ    (    )
     | ヽ\`yノ )(   |   <   |   | | .|
     ヽ ___ノ_と_ノ\_<_ノ    (__.(__)


暴走愛の作者さん、からかっちゃってごめんねw
作品は凄く好きで応援してますので、頑張ってください。

29 :名無し草:03/12/04 14:50
>28
GJ!!w

暴走愛は、ゆうりの子供の父親がとっても気になる。清四郎ということは
ほぼなさそうだけど。やっぱ魅録センが一番濃厚かなあ?

檻は、野梨子と付き合うことも結婚することも「できない」理由が
非常に興味あります。

こう考えると気になることだらけだな、私。


30 :名無し草:03/12/04 15:12
>檻
麦子に禿ワラ。

檻も暴走愛も面白い!
続きが楽しみだー。


31 :Sway番外編(4):03/12/04 18:52
前スレ736さん、貴重な情報ありがとうございます。
ひとつ勉強になりました。
それでは、http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/733の続きです。

「おはようございます、清四郎」
「おはよう、野梨子」
ふたりの朝の挨拶は、15年もの間続いている。
途中、清四郎の婚約騒動や野梨子の初恋などで途切れた期間もあったが、今では何事も
なかったかのように元に戻っている。
「昨日はごめんなさい。少し言い過ぎてしまいましたわ。」
歩き始めて間もなく、野梨子が清四郎を見上げた。
その表情はまだ少し眠そうで、規則正しい生活と旨とする野梨子らしくない。
「いえ、僕も少し無愛想すぎましたね。……野梨子、今日はちょっと眠そうですね」
「えっ、まあ、本を読みすぎてしまいまして…」
見え透いた野梨子の嘘に、清四郎は苦笑せざるを得ない。
昨日の夜中、清四郎は車の音を耳にしている。
この閑静な住宅街で、しかも魅録のようにボリュームをいっぱいに上げて音楽を聴く趣味が
ないので、嫌でも聞こえてしまう。
ただ、窓を開けてみたわけではないので、昨日の訪問者が誰なのかはわからない。
嘘をつくところを見ると、野梨子は喋らないように頼まれているらしい。
「そうですか。でも、夜更かしはあんまりいいものではありませんよ。医学的にも、
 証明されてますしね」
清四郎は、野梨子に見抜いていると気取られないように言った。
「ええ、わかってますわ。でも、清四郎はしょっちゅうでしょう?」
その声音に、さっきの狼狽はもう感じられない。
すでに、いつもの野梨子の笑顔に戻っていた。
ふと、今まで当たり前に見てきたこの笑顔が、実は当たり前ではないことに初めて思い至った。

32 :Sway番外編(5):03/12/04 18:53
野梨子は清四郎と別れて教室に入ってから、思い出したようにため息をついた。
毎度のことであるが、清四郎に嘘をつくのは骨が折れる。
別に昨日会っていた相手、悠理が野梨子に頼んだわけではないが、その様子から野梨子は
黙っておくべきだと判断したのだ。
それくらい、悠理は戸惑っていてそわそわしていて落ち着きがなかった。

33 :名無し草:03/12/04 19:00
まだ、続きます。


34 :名無し草:03/12/04 20:23
>Sway番外
清×野に進展ありそうですね。幸せになってくれ清四郎…

35 :<暴走愛>:03/12/04 20:47
>16さん
>狐につつまれちゃう清四郎・・・
うわっ、ほんとだ。ていうか、普段から「つつまれる」って言ってました、(恥。
正しくは「狐につままれる」ですね。しかし、どこをつまむんだろう……(w
それはさておき御指摘ありがとうございました。
>28さん、キツネ可愛いです。ムフ

<暴走愛>うpします。

36 :<暴走愛> 第1章(23):03/12/04 20:48
>>10
清四郎と悠理が彼らの寝室で向かい合っていた。
仲良く愛を語らっているのではない。
威圧感を漂わせた夫は胸の前で腕組みをし、冷たい目で妻を見下ろしていた。
妻は悪い事をした子どもが叱られる時のように畏縮し、うつむいている。
「どういうことだか教えてもらいましょうか」
冷ややかな言葉に、悠理はぼそぼそと呟いた。
「……どういうことなのかなぁ……」
「どうやったら、性交渉のない夫婦に子どもができるんですかねえ。天使がやってきて
『あなた方に大きな喜びが生まれます』とでも言いましたか? それともキャベツから
生まれる子どもが間違って悠理の腹に入りましたか?」
「……うん」
「悠理!」
清四郎が怒鳴ると悠理はピョンと飛んで逃げた。
「そんな大きな声で怒鳴るなよ〜。お腹の子がびっくりするじゃないかあ」
「間違いないんですね、ほんとに子どもがいるんですね?」
「うん……。医者行ってきたから。あ、これ超音波の写真、見る?」
一瞬こめかみを押さえた清四郎の手によって、写真ははたかれ宙を舞う。

清四郎はドアの前に立つと、ドアのハンドルを握り……壊した。
「これでもう部屋からは出られませんよ。朝までじっくり話し合おうじゃないですか」
何気なく指の関節を鳴らす清四郎に、悠理の顔がササーッと青ざめた。
「ま、待て、お腹の子に触るから乱暴はなし、な?」
「僕には聞く権利が『大変』あると思いますがねぇ、悠理? セックスは拒否するわ、
浮気は禁止するわ、なのに自分は勝手に他所の男の子どもを作るでは
僕の立つ瀬がありません。一体、どこのどいつなんですか、子どもの父親は!」
清四郎が壁を叩くと本棚からばらばらと本が降ってきた。

追いつめられた悠理はキュッと唇を噛み締めると――ぽろぽろと涙を零し始めた。
「勝手なことしてごめん。」

37 :<暴走愛> 第1章(24):03/12/04 20:48
「いまさら頭を下げても遅いよな。でも……でも、お願いがあるんだ……」
ポケットに手をつっこんだ清四郎は悠理を見つめて言った。
「何ですか」
「もし父親の名前言っても、子どもができたこと、そいつに言わないでほしいんだ」
清四郎は黙って聞いている。
「それから?」
「それから……この子を産ませてほしい。あたい、産みたいんだ、そいつの子どもが」
部屋に静寂が訪れた。ぽつりと清四郎が言う。
「ずいぶん、愛してるんですね、その男のこと。僕じゃなくて、その男と結婚した
かったんじゃないですか」
「うん。結婚したい位好きだったよ、あたいは。だけど、そいつには好きな女がいたから。
あたいの気持ちは知ってたけど、ずっとダチのつきあいだったんだ。
でも、この間、そいつの好きな女が突然結婚してサ、それで結構そいつはダメージ受けて。
それで二人で飲み明かして……」
清四郎はため息をついた。
「まいったな。子どもの父親は魅録ですか」

悠理ががばっと振向く。
「どうして、わかるんだよ!あたい、『そいつ』としか言ってないじゃないか」
「わかりますよ。最近、突然結婚したのは野梨子じゃないですか。魅録が彼女に惚れてたのは
知ってましたが、いまだに想ってるとは思いませんでした。それにしても、なぜ……」
悠理は首をうなだれた。
「たぶん魅録覚えてない。すごく酔っぱらってたから。あたいがチャンスだと思って
無理矢理ホテルに引きずってって、服を脱がした」
「……色っぽい話ですな」
酔った魅録が悠理にホテルに連れ込まれる様を思い浮かべ、同じ男として清四郎は魅録に
同情を禁じ得ない。相手にその気がないのに行為に及ぶとは犯罪じゃないか。
全く、大胆なお嬢さんですな。
あんたは初めてだったんじゃないんですか。

38 :<暴走愛> 第1章(25):03/12/04 20:49
「清四郎が悪いんだぞ」「なんで僕なんですか!」
他人のせいにするにも程がある。清四郎は眉をつり上げた。
「清四郎のことが忘れられない野梨子に、魅録はずっと待ってるって言ったんだ。
でも野梨子はドイツ人と結婚しちまった。なんでだと思う? 清四郎が結婚したからだよ!
だから魅録はショックを受けて、あたいは魅録と寝た。元はと言えば清四郎が悪い」
清四郎は額が縦に裂けそうな程、眉間に皺を寄せた。
「僕と結婚したのは、どこのどなた様でしたっけ?」
「あたいだよ!」
言ってから悠理はハッと気づく。う〜と唸って、又叫んだ。
「んなことはわかってらあ!!」

清四郎は腰に手を当てていたが、やがて首をすくめて妻に告げた。
「まあ、いいですよ。どうぞお好きなように」
思いがけない言葉に悠理の顔は明るくなり、瞳は輝く。
「ほんとか? ほんとにいいのか、産んでも」
「どっちにしろ、いずれ作るつもりでしたから。手間が省けていいです」
「手間ってお前な……まあ、いいや。サンキュ!あと、魅録には……」
「わかってます。彼には言いません。悠理の中に子どもを作ったのは、この『僕』ですから」
清四郎は悠理の唇を奪い、ベッドに押し倒した。不意をつかれて、悠理は驚く。
「こ、こらっ、何やってるんだよ!」
「何って、子どもも生まれることだし、一度、既成事実を作っておこうと思いまして。
……嫌とは言わせませんよ、悠理」
「だ、だ、だって、あたい、まだ安定期じゃないし、だめだって絶対!」
「大丈夫ですよ、やさしくしますから……特別にね」
清四郎は悠理の耳にキスしながら囁いた。

清四郎達の部屋のベッドが初めて音を立てた夜、
もう一組の夫婦はベランダで寄り添っていた。お互い言葉もなく、長いこと月を眺めていた。

続く

39 :名無し草:03/12/04 22:05
>暴走愛
oh、やっぱり、魅録サンでしたか。
ホテルに連れ込む悠理!男前だ〜!

40 :名無し草:03/12/04 22:13
Deep River うpします。
4レスお借りします。

41 :Deep River(清×野)29:03/12/04 22:15
ttp://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/455

冷たいものが悠理の頬を濡らした。
頭上を見上げると、鼠色の空から線上になった雨が次々と落ちてくる。
悠理は佇んでいた中庭から、部屋へと足早に駆け込んだ。
「とうとう降り出したか。ま、宿に着くまで持っただけでも上出来だな」
悠理越しに中庭を眺めていた魅録が言った。
「折角の旅行なのに、残念だね」
美童が湯飲みをテーブルに置き乍ら、誰へともなしに言う。
「いいじゃないの、旅館から日本庭園に降り注ぐ雨を眺める、っていうのも。
野梨子が好みそうなシチュエーションよね」
可憐が其処で野梨子の名を口にしたのは、何らかの意図があったのか否か、
魅録には解らなかった。
ただ一つ事実であったのは、野梨子という名が、その場の空気を瞬く間に
張り詰めたものにした、ということだ。
「……清四郎は、何をしているのかな」
美童が独り言のように呟く。
魅録は居たたまれず、煙草を口に咥えた。
「清四郎なら、大丈夫よ。何処に行っても上手くやっていけるだけの度量はある男よ」
「それは、戻る場所があったからだよ。菊正宗という家があって、野梨子が居て、
魅録が居て、悠理や可憐や僕が居て……でも清四郎は今、独りなんだよ」
「野梨子だって、独りじゃないか」
美童と可憐の遣り取りに割ってはいるようにして、悠理が言う。
「あたいらが居たって居ないのと同じなんだよ」
「野梨子が其れを望んでいるんだから、仕様がないだろう?
何もしないことが、俺達が出来る唯一のことなんだよ。多分な」
紫煙を吐き出しながら魅録が諭す。
「けどさ、清四郎は最後にあたいたちに書き置きしてったじゃないか。
野梨子を頼むってさ。なのに、こんなの……」

42 :Deep River(清×野)30:03/12/04 22:16
雨の音が、強さを増した。
秋の雨は、と魅録は思う。一降りする毎に冬を運んで来ると言う。
形容しがたい感傷に囚われ、魅録は酷く重たい気持ちになった。
六人で笑い合っていた頃には、想像も付かなかった感傷だった。
それだけ、歳をとったということか――魅録は独り、自嘲した。
そして清四郎が去ってからの歳月が如何に長いものであるかを、改めて感じていた。
「何があったの、魅録? 知っているんだろ?」
唐突な美童の台詞にも、魅録は眉目ひとつ動かさずに、煙草を吸い続けた。
じりじりと灰が煙草を浸蝕していくが、それを落とすでもなく
魅録はぼんやりと宙を見詰める。
「聞いてどうする? 同情して、慰めて、か?
そんなもの、野梨子は望んじゃいねえだろ」
「助けになれるかもしれないじゃないか」
「本気で言っているのか? 惚れるのはお前の勝手だよ。
でもな、お前が傍に居てやれば野梨子を救えると考えるのは、
お前の傲慢な思い込みだよ」
「魅録!」
悠理が慌てて魅録を押し止める。魅録は煙草を灰皿に押し付けるように揉み消すと、
きゅっと唇を噛み、俯きながら小さく言った。
「……悪い、言い過ぎたな」
美童は押し黙ったまま、頭を横に振ってみせる。
「魅録の言う通りなのかもしれない。でも、それでも僕は――」
美童の言葉は発される事なく、宙に消えた。
沈黙の上に圧し掛かる雨音に耐え兼ねて、可憐が溜息を吐いた。

43 :Deep River(清×野)31:03/12/04 22:17
「そういや、出掛けに変なこと言ってたな」
魅録が傍らの悠理に問い掛ける。
「仕手筋がどうこうって……豊作さんが言っていたのか?」
「うん。うちの子会社を狙ってるって、あたふたしてた。誰なの、シテスジって?」
「誰、ってなあ……」
苦笑しながら魅録が説明する。
「解りやすく言えば、相場師だな。株価を操作して儲けるんだよ。一種の犯罪だ。
それにしても……剣菱系列で仕手株になりそうなボロ株、あったかな」
考え込む魅録の横で、美童が言う。
「ほら、悠理と清四郎が婚約してたとき、清四郎が言ってたことなかったっけ。
『剣菱のウイークポイントは物産と車関係だ』ってさ。その辺の株じゃないの?」
「そう言えば側近のおっちゃんが、兄ちゃんに『物産が』って言ってたな」
「まさか清四郎が……」
刹那、四人の脳裏に過ぎったのは、余りにも恐ろしい想像だった。
「でも……何の為に? なんで悠理の家を壊そうとするの?」
「待ってよ、未だ清四郎の仕業と決まったわけじゃないだろ」
言葉とは裏腹に、膨らみ出した疑念を払拭することも出来ず、美童は唇を噛んだ。
「剣菱の物産の綻びって言うのは、傍からじゃ窺い知れないほど、小さな物なんだ。
そりゃ剣菱相手の仕手戦に勝てば、莫大な金が手に入るだろう。
でも、それには大きなリスクが伴うんだ。
余程、内部に精通している人間が居れば別だろうが――
今の上層部には、剣菱を裏切れるほどの度胸を持っている奴はいない」
「清四郎が……剣菱を潰そうとしてるって言うのか?
嘘だろ……なんでそんなこと……」
「悠理、決め付けるのは危険だ。いいか、この事は豊作さんには言うな。
確証が掴めるまで、黙っててくれ」
魅録の眼差しの強さに、悠理は頷くしかなかった。

44 :Deep River(清×野)32:03/12/04 22:18
黒い傘を持った男が一人、白鹿邸の前に佇んでいた。
傘の先から流れ落ちた雨粒が、彼の肩をしとど濡らしていたが、
微動だにせず門を眺めている。
男は小さく何かを呟くと、徐に踵を返した。
男は――清四郎だった。

<続きます>

45 :名無し草:03/12/04 22:43
次々に作品がウプされてて嬉しい。

>Sway番外編
いいところで終わってしまって残念。
謎なことが多くて、続きが激しく気になります。

>暴走愛
清四郎と悠理が向かい合ってる姿が目に浮かぶようです。
キャラが凄くそれらしくて、とても引きつけられます。
関係無いけど、ムフに笑いましたw

>Deep River
ついに清四郎が登場で、ワクワクします。
仕手筋の件といい、スケールの大きな話になりそうな。
雨を効果的に使う描写も良かったです。

46 :名無し草:03/12/04 23:29
本当にうpが多くて嬉しい。
しかもどの作品も面白いし。

>Sway番外編
残り4人も自分たちの幸せに向かってるようで(?)、嬉しいです。
特に清四郎には幸せになって欲しいぞー。

>暴走愛
やはり悠理のお腹の子供は魅録だったのねー。
この話の清四郎の悪っぷりがすごくイイ。
今後、可憐と清四郎はどんな風に絡んでくるんだろう。楽しみ。

>Deep River
うわー、ものすごく待ってましたよ!
清四郎もとうとう再登場しましたね。
こちらも悪の清四郎が見れそうで、楽しみです。
でも、最終的には時間の止まってしまった野梨子をなんとかしてホスィ。

それにしても、最近このスレでは色々な清四郎が見れますな。w

47 :名無し草:03/12/04 23:31
>Deep River
待ってました!いよいよ清四郎がパワーアップして帰ってくるんですね?
野梨子との対面はどうなるんでしょうね。
彼らを見守る友人達の佇まいが良かったです。あと、前の方も書いてるけど
雨の描写が印象的でした。

48 :名無し草:03/12/05 15:14
>Deep River
待ってました!このお話の魅録が大好きです。
「言えるわけ、ねえだろう」が頭から離れないのです。
46さんの言うとおり野梨子の時間が動き出しますように。

49 :<暴走愛>:03/12/05 22:46
<暴走愛>うpします。ダークなので苦手な方、お子さまはスルーお願いします。

50 :<暴走愛> 第1章(26):03/12/05 22:46
>>38
化粧室を後にして可憐はため息をつく。また駄目だった。
月のものが来るのがこんなに厭わしかったことはない。
可憐に月一回の女の日が来るたび、目に見えて豊作は苛立ちをつのらせていた。
言葉に出さないものの、まるで子どもができないのは可憐の努力が足りないのだと
いわんばかりに、彼の態度が当てつけがましく横柄なものになるのを
可憐は悲しい気持ちで見ていた。

もう少しで安定期に入る悠理は、軽いとはいえ時たま襲ってくるつわりと、
絶え間なく続く眠気と格闘していた。
そんな辛そうな様子さえ、可憐にはうらやましかった。

ある日、珍しく豊作がご機嫌で帰宅した。
「あのね、人工受精ってのがあるらしいんだよね。今度、一緒に病院に行ってみようよ」
口を開けば子どもの話をする豊作にうんざりしながらも、可憐は無邪気に
喜ぶ豊作の頼みを断れず、頷いた。だが、続けて豊作はこうも言う。
「今は超未熟児でも医療の進歩でけっこう助かるんだってね。もし、あれだな、
少しばかり早産だったら、悠理達の子より早い誕生日ってわけだ」
「ちょっとばかり早く、出て来れないもんかな」

部屋の床が急に曲面になり、可憐は歩くのが難儀になった。
つかまろうとした壁もクローゼットの扉もすべてぐにゃぐにゃして、伸ばした手は宙を切る。
豊作の喋る言葉は宇宙語で、まるで理解できない。
彼の顔がこちらを向いた。笑顔がぐにゃりと曲がって見えた。
おかしい。彼はちょっとおかしくなっている。
無意識に可憐の口が動いていた。
「豊作さん、あなた、ちょっとおかしいわ」
怒りと悲しみと悔しさが滲んだ眼が可憐を捕らえた。

次の瞬間、パンという音と共に頬が熱くなったのが、可憐には不思議だった。

51 :<暴走愛> 第1章(27):03/12/05 22:47
寒気がして、咳が出て来た。額に手をやると、かなり熱い、ような気がする。
風邪のせいかしら、それとも酒のせいかなあ、と咳をしながら可憐は考える。
新しく封を切ったウィスキーは、恐ろしく飲みやすくて、あっという間に空になった。
こんなに飲みやすい酒を作ったら駄目じゃない、世界中酔っぱらいだらけになっちゃう。
ラベルを見ると剣菱株式会社だった。
ふん。だからだわ。剣菱だから。剣菱は駄目。腐ってる。

腐ってる酒瓶が壁に投げつけられ、割れて飛び散った。
しまった、片付けなきゃ。いつも清掃してくれているメイドに迷惑がかかる。
駆け寄ったつもりの可憐は、かなり酔っぱらっていたらしく、よろけて、
うっかり割れた破片の上に手をついた。
押しつけられるような痛みを感じた。手のひらから、どくどくと血が流れ出す。
可憐はぼんやりと赤い川を眺めながら物思いにふける。

あら、大変。血がいっぱい出てる。死んじゃいそう。いいかもね、このまま死ぬのも。
もう、すべてが嫌だ。清四郎も、豊作さんも、悠理も皆キライ。
逃げ出してしまいたい。死んでしまいたい。
私が死んだら、豊作さん悲しんでくれるのかしら。
――駄目だわ、剣菱の嫁が死んだら皆に迷惑がかかる。
豊作さんや悠理やお義父さんやお義母さんや、実家の母にも。死ぬわけにはいかない。
そう考えているうちにも血はどんどん流れ出していた。
ひょっとして私、危ないんじゃない。お酒も飲んでるし。救急車呼ばなきゃ……。

ふらふらと電話を探す。だが可憐は内線を回していたことに気づかない。
「きゅ、救急車、お願いします」

やがて救急隊員が部屋に入って来た。よく見ると彼は清四郎にそっくりだ。
清四郎のそっくりさんは可憐の顔と手から流れ出している血を交互に眺め、
呆れた様子で腰に手を当てた。
「何やってるんですか」

52 :<暴走愛> 第1章(28):03/12/05 22:48
清四郎のそっくりさんは、可憐の部屋から手ごろなスカーフを探し出すと止血した。
「さあ、病院へ行きましょう。立てますか?」
「立てませ〜ん」
「もしもし、お義姉さん。酔っぱらってるんですか?ああ、仕方ありませんね」
清四郎そっくりの救急隊員――いや、清四郎は床に崩れ落ちた可憐を抱え上げた。
家のものには伝えず、地下駐車場の愛車に運び入れる。
エンジンをかけ、近くの総合病院まで向かう。
助手席でぐったりしていた可憐が口を開いた。
「あの、清四郎そっくりの救急隊員さん、私、死ぬ?」
「死にますよ……いずれはね」
だが可憐には清四郎の言葉の「死にますよ」の部分しか聞こえなかったらしい。

「そう、死ぬのね、私。よかった」
うれしそうな口ぶりに清四郎はハンドルを握りつつ、助手席に視線を走らせる。
「死にたいんですか? なら病院に運ぶのはやめておきますよ」
「いえ、運んで……。死にたいけど、死ねないから病院でベストをつくしてください。
それでも駄目だったら喜んであきらめるわ」
「助かりたい人から助けますので、死にたい人は後回しですよ。それでもいいんですか」
突き放すような口調に可憐は夢見るように瞳を開けた。
「もし私が死んだら豊作さんにありがとうって伝えて」
清四郎は首をすくめて「わかりました」と言う。
「それから、もう一つ」
「今度は悠理ですか」
「いいえ、清四郎って人に。あなたによく似ている人」
「……」
「ごめんって伝えてください」

やがて、助手席から可憐の寝息が聞こえて来た。

53 :<暴走愛> 第1章(29):03/12/05 22:48
しばらく無言で車を走らせた後、突然、清四郎は路肩に急停止させる。
反動で可憐の体が大きく揺れた。ハンドルにもたれたまま、それを握りしめていた
清四郎は堪え切れずに呟く。
「死ぬ位で許されると思ってるんですか、可憐。僕への裏切りは、可憐の中でそんなに
小さなものなんですか。お願いですよ、可憐、謝まらないでくれ。
僕はもっと心の底から君を憎みたいんだ。
でないと、僕は君へ報復することを忘れてしまいそうだ……」
可憐は眠っているようだった。
清四郎はハンドルを力任せに叩き、クラクションが短くプアンと鳴った。

可憐の首筋が夜の街灯に青白く照らし出される。清四郎はそこに手を触れた。
「あれ位の傷じゃ死ねませんよ、可憐。やる時はここに破片を当てて、思い切って
横に引くんです。それで全てが終わる」
首筋だけでなく可憐の顔も青白く見える。清四郎は囁いた。
「だが、まだ死んじゃ駄目ですよ。本当に辛いのはまだまだこれからだ」
ふと清四郎は可憐の脈があまりに微弱なのに気がついた。
「可憐……?」

揺さぶると彼女の体に力はなく、ぐらぐらと揺れた。
手に巻いたスカーフから座席に血が落ちている。
青白く浮かび上がる可憐の顔は気高く美しい、妖精の女王のように。
あまり美しいので、すでにこの世のものではないようにさえ見える。
いつの間にか清四郎の腕は可憐を胸に抱き、力一杯抱き締めていた。無意識に呟く。
「可憐……」
柔らかく豊かな髪の感触に、清四郎の記憶がフラッシュバックする。
想いを口に出すのを憚り、それでも気持ちが通じ合っていたあの頃。
誰もいない教室で密やかにからませた指。想いを確かめたくて重ねた唇。
嫉妬と慕情に苦しみながら体を交わした日々。
かつて愛した唇に口づけると、彼を拒否するかのように堅く閉じられていた。
清四郎は可憐をそっと座らせると、「くそっ!」と叫んで車を発進させた。

54 :<暴走愛> 第1章(30):03/12/05 22:49
どこかで飲み明かして明け方近く帰った豊作は、部屋のただならぬ様子に驚いた。
酒の匂いが充満し、酒瓶が割れ、おびただしい血が流れている。
血は点々とドア近くまで続き、そこで急に途切れていた。
(まさか、可憐……。自殺?)

あわてて邸内中を探し回る。居間にも図書室にも、プールや庭にも愛妻の姿は見えなかった。
逆上して妻の頬を叩いてしまった事を、豊作は後悔し始めた。
(これというのも、俺達に子どもがいないからだ……。いや、悠理に子どもさえ……)
また自室に戻ってみたが、やはり可憐の姿はなかった。
階段を上ってくる足音に飛び出してみると、悠理が妊婦のくせに夜遊びして
帰ってきたところだった。

「ど、どうしたの、にーちゃん、怖い顔して……」
咎めるような目つきで豊作は悠理を見た。悠理はぴったりとしたニットの
ワンピースを着ている。目の錯覚かごくわずか腹が出てきたように見える。
豊作の胸の中に苦い思いが広がっていく。悠理が心配そうな顔で一歩踏み出した。
「どうしたんだよ、にーちゃんってば!」
「うるさいよ。そこ、どいてくれ」
乱暴に悠理の横をすり抜けて、階段を降りようとした、その時。

ほんのちょっと肩が触れただけだった。
妹がバランスを崩すののを豊作は信じられない、といった顔で見ていた。
悠理の手が手すりを求めて空を切る。豊作はあわてて手を差し伸べたが間に合わない。
それでも、悠理は持ち前の運動能力で、くるりと宙返りし、鮮やかに着地した。
豊作は安堵のため息を漏らした。が。

着地の振動がいけなかったらしい。
半刻後、剣菱家に本当の救急車がサイレンを鳴らして駆け込んで来た。

続く

55 :名無し草:03/12/05 23:44
>暴走愛
うっ…うおぉぉ〜〜〜〜〜〜
ドーなっちゃうんでしょうか!!??
最終的にはやっぱり清×可を望んでおります。

56 :名無し草:03/12/06 00:03
びょ、病院坂降臨きぼん。もう禁断症状です…

57 :名無し草:03/12/06 01:11
美×野のSSうpします。
4レスいただきます。

58 :てのひらの恋心(1)美×野:03/12/06 01:13
「できたっ」「──はい。お疲れさま、これで全部ですわ」『先生』が笑顔を見せる。
秋の柔らかい日差しが差し込む放課後の生徒会室。
『古典が全然わかんないから教えて』そう言ってぼくが野梨子を専任講師にして
もう3ヶ月が経った。勿論そんなの口実。
ただ側にいたかった。
君の黒い髪が、陽に揺れるのを見ると、触れてぼくの金髪と比べてみたくなる。
野梨子は何も気付いてない。こんな風に見つめたって、怪訝そうに首をかしげるだけ。
(ま、そんなトコが好きなんだけどね…)
でも今日はチャンス。言わなきゃ。
ぼくらしくもない。こんなに胸をドキドキさせちゃってさ────

「野梨子」「?」「ありがと」「いいえ。期末も頑張って下さいね」
「ねえ。ぼくがこんなに頑張れたの、なんでだと思う?」「え?」
「野梨子だからだよ。古典教えてって言ったのも、側にいたかったから」「!!」
彼女の頬が紅く染まる。何考えてるんだろう。女のコの気持ちを探るのは得意なはずなのに…
気を取り直して、ケーキみたいに甘い笑顔でぼくは言う。
「頑張ったからさ、ご褒美に野梨子の気持ち、教えて?」野梨子の大きな、黒い瞳が泳ぐ。
「…………」「…………」
沈黙が続く。う〜〜〜、心臓に悪い。恋ってこんなものだったっけ?



59 :てのひらの恋心(2)美×野:03/12/06 01:14
少したって野梨子は、決心したように顔を上げて言った。
「わかりましたわ、美童」細い息を吐く。「──目を閉じて」…エッ!!?
なに?なに?キス!!??やだなぁ、野梨子もやっぱり…♪
ぼくは少年のように胸をドキドキさせながらまぶたをゆっくり閉じた。
野梨子の影が近づいてくる。(ヒュー♪)

と。

ひんやりした手が、ぼくの右手をとった。そうして掌に何か綴り出した。
(えっ、なに!?)何だ?

糸、糸、………

野梨子は無言で、その謎の暗号を綴っていく。何、これ?なんか文字??
でも多分、漢字だよね…うん。「はい、いいですわよ」声がして目を開けた。
ぽかーんとしてるぼくに、野梨子は早口に言う。「それが私の気持ちですわ」
「何それ!?全然わかんないんだけど!」「──わかったら教えて下さいね」
「え、ちょ、まっ…」「お疲れさま!」バタンッ 
急ぐようにして、野梨子は出てった。頬を紅潮させて、その黒い髪を揺らして。

なんだよぉ───?
こんな風に返されたのは初めてだ。彼女は何を言おうとしてたんだろう?
天井を仰ぐ。「あーあっ」
なんだろう。全然わかんない。「糸、糸、……」???


60 :てのひらの恋心(3)美×野:03/12/06 01:14
そんなまま、1週間が過ぎた。
野梨子は絶対教えてくれようとしないし、でもだからと言って何か怒っている
わけでもない。やっぱぼくが『暗号』解くのを待ってるんだ。
「はぁー」授業も集中できない。せっかく野梨子に教えてもらった古典なのに…
(今日も1日終わりかぁ)ぐりぐりと、紙に野梨子がぼくの掌に書いた言葉を羅列する。

「…──私は、旧字体の方が好きなんですよ」ふいに先生の言葉が耳に入ってきた。
白いチョークで黒板に文字を書く。
「あーーーーーっ!!!」ガタガタガタンッ  ぼくは勢いよく立ち上がった。
「どっ、どうしました?グランマニエ君」クラス中がぼくを振り返る。
「あっ、いや、すみません」椅子を正して、座りなおす。心臓がバクバクいってる。
あれだ、絶対あれ!!あんな字があるのか。ぼくが勉強不足なだけ?…多分そうだよね。
「この字は、……」先生の説明が、野梨子の手の動きとシンクロする。
あの時のドキドキと、ひんやりした指先が、確信に変わる。

会いたい。会いたい。今すぐに君に会いたい。

授業終了のチャイムが鳴ると、ぼくは一目散に部室へと向かった。


61 :てのひらの恋心(4)美×野:03/12/06 01:15
息を切らせてたどり着くと、既に野梨子が来ていた。
「あら、美童も早く終わったんですの?今お茶を入れますわね」
「いっ…いいから、すわってっ…」ぼくの気迫に押され、野梨子は席に着いた。
あの日と同じ構図。深く息を吸うと、ぼくは言った。
あの日みたいに、ドキドキする。「──目を閉じて」「!」野梨子はひとまわり
目を見開いてから瞳を閉じた。そっとぼくは野梨子の右手をとった。

先生の言葉をリフレインさせながら、自分の想いを綴ってく。
『今の字じゃわかりませんけど、こういう意味なんですよ』
それからこう書いたんだ。『糸しい糸しいと、言う心』


───戀───


「はい、いいよ」ぼくはにっこり笑って、大好きな女の子を見つめた。大きな黒い瞳。
「遅くなってごめんね」「……」「ありがとう」野梨子の頬が、あの時みたいに紅く染まる。
「好きだよ。愛しい──いとしい」「…ええ」言いながらはにかむ。
「──目を閉じて」「?」潤んだ瞳が閉じられる。ぎゅっと手を握った。

そうしてぼくは「いとしい」彼女に───くちづけた。
                          
                           おわり

62 :てのひらの恋心:03/12/06 01:15
ありがとうございました!

63 :名無し草:03/12/06 01:55
>てのひらの恋心
可愛らしい美×野に萌えました。
美童の一人称というのも楽しかったです。

64 :名無し草:03/12/06 02:30
>暴走愛
壊れていく豊作さんも、ボロボロになりながら彼を見捨てない可憐が、
読んでいて身につまされます。
悪役であるはずの清四郎も、愛憎の狭間で苦しそうですね。
悠理のおなかの赤ちゃんは大丈夫なんでしょうか……?

>てのひらの恋心
てのひらに綴った告白、しかも美童にとっては暗号(w である旧字体。
すごく野梨子らしいなあ、と思いました。
今回、戀って漢字はそういう成り立ちなのかと、初めて知りました。
日本語って美しいですね。

65 :名無し草:03/12/06 09:59
>手のひらの〜
とっても可愛いお話でしたね。心が温まりました〜

66 :名無し草:03/12/07 03:56
>手のひらの恋心
いかにも野梨子と美童ならではのエピソードですね。
古典に強い彼女と外国人らしく(笑)旧字体に疎い彼と。
発想も素敵ですし人物の絡ませ方も素敵!
心がぽっとあたたかくなりました。
ありがとうございました!

>暴走愛
悪役ながら悪になりきれない清四郎の姿が
痛々しくて、引き込まれてしまいます。
可憐のもろさ、弱さ、がまた美しいなぁ。
豊作さんが壊れていくのも危うくてドキドキします。
悠里がこれからどんな風にかかわっていくのかとても楽しみ。
続きを心待ちにしています。

67 :Sway番外編 (6):03/12/07 19:35
>32の続きです。

「白鹿様、剣菱様がいらしてますけど」
級友に呼ばれて振り向くと、教室の後ろの入り口に悠理が立っている。
こうして悠理が訪ねてくること自体は珍しいことではないけれど、わざわざ生徒会室に
行くのに野梨子を誘っていくようなことはほとんどない。
「悠理、行きましょうか?」
野梨子はあえて、何で来たのかという質問をしなかった。
「ああ、行こう。あたい、すっげー腹減ってんだ」
悠理もいつも通りに振る舞っている。
「で、今日はいくついただきましたの?」
廊下を歩きながら、野梨子は両手いっぱいに弁当を抱える悠理を見てクスリと笑った。
悠理はもちろん、家の料理人が作るちゃんとしたお弁当を持たされている。
だが毎日、午前中の授業の合間に数人から弁当の差し入れを貰っているのである。
「うーん、今日は4つ。昨日とおんなじ」
漂ってくる匂いに嬉しそうに顔を綻ばせる悠理は、昨日の悠理と別人に見える。
これでは、清四郎も何も気付くまい。
「あら、ふたり揃ってなんて珍しいじゃない?」
ちょうど、可憐が教室から出てきた。
今日はいつもより大きな袋を持っている。
多分、魅録の分でも入っているのだろう。
「ちょうど、悠理がタイミングよく教室の前を通りましたのよ」
野梨子は我知らず、滑らかに嘘をついていた。
「野梨子、またあんた、仏心をおこしたんじゃないでしょうね」
疑わしげな可憐に、すかさず悠理が反撃する。
「野梨子が、そんなにあたいを甘やかすわけないだろう?」
「まあ、それはそうだけど」
納得し切れていない可憐の表情に、野梨子は苦笑いするしかない。
2週間前、野梨子が小言ひとつ言わず、付きっ切りで悠理の古典の課題を手助けしたからである。

68 :Sway番外編 (7):03/12/07 19:38
確かに、本来の野梨子なら悠理の泣き落としにちょっとやそっとで陥落などしない。
最終的には必ず自分で何とかやり遂げる可憐に対しては、今まで一度も手助けをした
試しがないから、恨まれるのも無理もないと思っている。
だが、あの時に限っては特別だったと野梨子は思っている。
あの時は、可憐と魅録の仲がこじれていて倶楽部全体の雰囲気も何となく冴えなくて、
美童と悠理が状況の好転を図るべくあれこれと奔走していた。
途中まで気付かなかったとはいえ、後から話がわかってくるにつれて何もしなかった
ことへの罪悪感が野梨子に付き纏った。
だから、もともと勉強に集中できる性質ではない悠理が泣きついてくるのも仕方ないと
思って付きっ切りで面倒を見たのだ。
「悠理、可憐、ドアを開けますわ」
一番荷物を持っていない野梨子が鍵を取り出し、生徒会室のドアを開けた。
開いた瞬間に悠理が飛び込み、テーブルの上に4つのお弁当を置いてドカンと椅子に座り込む。
可憐はカーテンを開けて窓を開け、空気の入れ替えをする。
その間に野梨子は、お茶の用意をして男性陣の来るのを待っていた。

まだ、続きます。

69 :檻(80) :03/12/08 11:24
>>24の続きです。

「わしゃ、生きた心地がせんぞ」
しゃぶしゃぶの肉にごまダレをつけながら、修平は不満を垂らしていた。
明日から清四郎は学校も替わり、兼六の家に行ってしまう。
事実上、今日が最後の晩餐だ。
「24時間、前後左右から見張られて、刑務所の中にいるより酷いわよ」
今こうして食べている間にも、すぐ側に人が何人も見張っていると思うと落ち着かない。
「困ったわねぇ、和子は明日から大学だし、電話もそろそろ繋げないと・・・」
家の電話は、昼夜問わず引っ切り無しに鳴る。鬱陶しいので繋げていない。
清四郎や和子、母の携帯も電源を切っていて唯一、修平の携帯だけが
病院との連絡手段用として機能している。
「ママ、私来週いっぱい大学休むから」
和子はもみじおろしを自分の皿に入れながら、淡々と言った。
「なんだ、行かんのか」
修平は先日友人の医者に『太り気味』と注意されたにもかかわらず、さっきから肉しか食べていない。
「当たり前じゃない!外に出たら変な護衛が見張ってるし、
パパラッチも金魚のフンみたいについて来るし。こんな状態で行ったら、大学に迷惑かかっちゃうわよ」
和子はイライラしていた――。この2日間、家から1歩も出ていない。
携帯も切っているし、出来る事といえばパソコンのメールぐらいだ。
今の時代に、外部との連絡手段がほとんど途絶えた生活というのはかなりキツイ。
しばらくはこの状態が続くのかと思うと、気が重くなる。
「そういえばあんた、お見合いの最中に変な事言ってたわね」
和子は清四郎を箸で指し示す。ちょっと行儀が悪い。
「『野梨子ちゃんとは結婚も付き合う事も出来ない』っていうあれか」
修平の言葉にも、清四郎は反応しない。黙々と食べている。
「あれはどういう意味なのよ、説明くらいしなさいよ」
和子は、聞いた時からずっとあの言葉が引っかかっていた――。
清四郎本人の意思で結婚が決まり、ここまで事が大きくなってしまったら
和子にはもうどうする事も出来ないが、せめてそれぐらいは聞いておかないと気が済まない。
清四郎はゆっくりと箸を置くと、3人に向き直った。


70 :檻(81) :03/12/08 11:25
「野梨子は僕の事を愛していません」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・はぁ?」
たっぷり30秒は沈黙があった。
「野梨子は僕の事を愛していないんですよ」
清四郎はもう一度繰り返す。語尾が違うだけで、内容は最初言ったセリフと同じだ。
和子は持っていた箸を激しく台の上に叩きつけ、清四郎を睨みつける。
「バッカじゃないの! どこの世界に愛しても無いのに、わざわざ『愛してる』って
嘘つく女がいるのよ! そんな事したって野梨子ちゃんには一文の得にもならないじゃない!」
「野梨子の心の中では嘘じゃないんです」
清四郎が、また訳のわからない事を言いだす。
「それに野梨子は、嘘をつくような人間じゃありませんよ」
「そんな事、あんたに言われなくてもわかってるわよ!」
和子のイライラは、頂点に達する――。
彼女の中で、答えの曖昧な問題ほど不快なものは無い。
その時、部屋の中が一瞬光った。
外で張っている記者が、家の写真を撮っているのだろう。修平が立ち上がる。
「『野梨子ちゃんの心の中では嘘じゃない』っていうのはどういう意味なの?」
清四郎の母が、問い掛ける。とにかく理由を聞かなければ何もわからない。
後ろでは修平が戸を開け、記者に向かって『何をしとるかー!』と怒鳴っている。
「『僕を愛している』という感情は、野梨子の思い込みです」
そう言いながら清四郎は、少し淋しそうな顔を母に向ける。
「――錯覚なんです」


71 :檻(82) :03/12/08 11:25
「さ・・・――錯覚って・・・勘違いって事?」
和子と母が、顔を見合わせる。言葉が見つからない。
「そうです」
記者を怒鳴り終えた修平が帰って来て、『どっこいしょ』と言いながら座る。
「やれやれ――落ち着いてメシも食えんわい」
今はメシどころでは無い。
先程の清四郎の返答に、和子が顔をしかめて抗議する。
「待ちなさいよ、清四郎。
そこまではっきり『錯覚』って言い切るからには、ちゃんと根拠があるのよね」
もし清四郎が、憶測だけでこんな事を言っているのなら、野梨子が余りにも可哀相だ。
「ありますよ」
迷う事無く、返答が来る。
「でもそれは言えません。野梨子のプライベートに関する事ですから」
清四郎は目を細め、やや目線を下げながら言葉を繋ぐ。
「僕を愛していると思い込んだまま、結婚すれば
後でそれが錯覚だと気が付いた時に、後悔するのは野梨子です」
もう誰も手をつけなくなった鍋の煮える音が、ぐつぐつと部屋に響く。
「それでは野梨子が可哀相ですよ」

場が静まる――。
一体、どちらの言っている事が正しいのかわからない。
二人の意見は、天と地ほどにかけ離れている。
野梨子は『清四郎を愛している』と言い
清四郎はその野梨子の気持ちは『錯覚』だと言い、言えないが証拠もあるという。
どちらが真実なのかを、今ここで判断するのは難しい。


72 :檻(83) :03/12/08 11:26
「あんなに真っ直ぐな眼をして
あんな綺麗な言葉を紡いで―――それでもやっぱり錯覚なのかしら・・・」
清四郎の母は、和室での野梨子を思い出す。
真摯な態度を貫き、愛を語る野梨子は同姓の自分が見ても、見惚れるほど綺麗だった。
それが野梨子の間違った思い込みによるものだとは、とても信じられない。
「馬鹿もんが」
修平がタバコに火を点けながら、清四郎に一瞥をくれる。
「一人で背負いおって」


「野梨子が僕を愛する事は、一生有り得ません」
清四郎は、誰にとも無くそう言った。
残りの言葉は、心の中で呟く。
誰にも聞こえないように――。

『僕がどんなに野梨子を愛していても――』


9月15日 日曜日 大安 
結婚式まで――あと6日


73 ::03/12/08 11:27
本日はここまでです。
ありがとうございました。

74 :名無し草:03/12/08 12:52
>Sway番外編
進み方がじれじれで、こっちまでSwayしちゃいそうですw
マターリと続きをお待ちしてますね。

>檻
なんと、野梨子→清四郎じゃなくて清四郎→野梨子!?
ビックリしました。
清四郎一家の描写がそれらしくて良かったです。
肉ばかり食べてる修平とかw
清四郎の思惑も気になるし、こちらも続きが楽しみです。

75 :名無し草:03/12/08 13:59
>檻
うぅぅ〜〜〜錯覚って何だ!!??
2人よ、しあわせになってくれ…

76 :名無し草:03/12/08 16:04
>檻
意外な展開に驚かされる事が多くて面白い!
清四郎はどうして野梨子の勘違いだと思ったんでしょう。
いつも一緒にいるから分かるのか?
続きが楽しみだよー。

77 :名無し草:03/12/08 20:33
>檻
なぜ?なぜこんな暴挙にでるのだ清四郎!
そこまで野梨子を思っているのに…。
自分が傷つくことを恐れているのか??
早く続きをプリーズ!!


78 :白鹿野梨子の貞操を狙え!:03/12/08 23:25
前スレ538の続きです。7レスお邪魔します。
>>http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1067267798/538

79 :白鹿野梨子の貞操を狙え! (25):03/12/08 23:26
四つのマグカップをサイドボードにしまい、可憐はあくびをひとつした。
悠理は、黄桜邸のリビングのソファで既に眠りの中だ。
―あ、野梨子に服、貸してやればよかったわ。胸が余るだろうけど。
可憐は悠理に毛布を掛けてやると、あくびをもうひとつして、寝室の扉を開けた。
今日2回目の集合まで、何時間寝られるか計算しながら。

菊正宗・白鹿両邸から数百メートル離れた住宅街の路地で、
魅録はバイクにキーを差し込んだ。
さて、どうすっかな。困ったな。
困った、と思いながら、魅録の顔はニヤついていた。
久しぶりに事件(ってほどでもないか?)、である。
しかも今回は清四郎抜きだ。
困った、けど、どこかわくわくする気持ちは押さえられない。
退屈してたからな、最近。
さっきは野梨子に眠いと言ったものの、帰っても眠れないだろうと魅録は思った。

80 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(26):03/12/08 23:27
どうやって帰ってきたのか、気がつくと清四郎は自室の床に座って、
自分のベッドで熟睡している友人の金髪をくしゃくしゃと触っていた。
まだ6時にもなっていない。
朝。朝帰り。
野梨子が。魅録と?
これが事実なら取り乱しても仕方ないでしょう、王子様。
平和に夢の中にいる美童を見ていると、なんだかムカムカしてきて、
清四郎はその額をスナップを利かせて一発、叩いてやった。
美童の頭は、ぺしっ、と間抜けな音を出したので、
清四郎はほんのちょっと、本当にほんのちょっとだけだが、気分が晴れた。

化粧を落とし、寝間着に着替えて、野梨子はやっと一息ついた。
いつもは途中で着替えてから帰るのだが、今日はそんな余裕はなかった。
話してしまってよかったかしら。
いずれにせよ、一人で、というのは無理があっただろうとは思う。
魅録たちに相談して、ほっとしたところも勿論ある。
でも結局仲間に頼ってしまう自分が歯がゆかった。
口では偉そうなことが言えるくせに、いざ行動するとなると
他のメンバーのようには動けない自分が。
けれど、今回は私の案件ですもの。
野梨子は明日、いや今日からの行動に備えるため、布団に潜り込んだ。
正直に言うと、安心したからなのか、野梨子は眠くて眠くて仕方なかったのだ。

81 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(27):03/12/08 23:27
「ねえ、僕のおでこ、なんか赤くなってない?」
11時過ぎになってようやく起きだした美童が、洗面所から戻ってきた。
清四郎ははじめから応える気などない。黙ってパソコンでニュースを読んでいる。
…ように美童には見えたが、実際は画面に顔を向けているだけである。
美童は知る由もないが、もうかれこれ5時間、である。

手鏡を自分のバッグから取り出しながら、美童は気の抜けた声で話しかけた。
「ごめんね、ベッド取っちゃってさ。清四郎どこで寝たの?
 久々に飲み過ぎちゃったー。…うわ、ホント赤いよ。どっかぶつけたのかなあ。
 あ、そういえばさ、朝方どこいってたの? 目ぇ覚めたらいないからびっくり…」
さっきからそのことしか考えていないのだが、改めて朝目撃した場面が清四郎の脳裏に浮かぶ。
「その辺散歩してたんですよ」
思わず険のある言い方になってしまった。美童がやっと振り向く。
「え、なに、なんか怒ってんの?」
「怒ってませんよ」
素っ気ない言い方には、確かに怒の色がついている。
「あんまり覚えてないんだよー。ゆうべ、なんかやなことやった?言った?」
「いいえ、特に」
昨晩は痛いところを突かれたが、美童に対しての憤りなどもう忘れていた。
かといって野梨子や魅録に怒っているのかというと、それも違う。
強いていえば腹立たしいのは清四郎自身だった。理由はよくわからないが。
「ごめんって。ね、清四郎。ほら、ちょっとベッドで寝れば」
長い髪をさらさらさせて、美童は清四郎の顔を覗き込む。可愛らしい仕草だ。
こんな風に自分も屈託なく素直だったらいいのにな、と清四郎は一瞬思った。
―せめてもう少し知性は欲しいところですがね。
「二日酔いの薬、調合しますよ。それから何か食べましょう」
美童はにっこり笑って頷いた。


82 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(28):03/12/08 23:28
美童が菊正宗家の冷蔵庫から漬け物ときんぴらごぼうを出し、他に何か
食べられるものを物色していると、ポケットで携帯が鳴った(その時清四郎は
家族の朝食の残りの豆腐と葱の味噌汁を温め、だし巻き卵を焼いていた)。
「電話?」
清四郎は振り向かずに尋ねる。聞いてはみたが、別に何の意味もない。
「いや、メール。………ごめん清四郎、急用できた。帰るね」
「デートですか?」
「あ、うん、そう、じゃあね」
相変わらずマメですね、と声を掛ける間もなく美童は階段を駆け上がっていった。

清四郎が焼き上がった出し巻き卵をフライパンから直接皿にあけた時、
荷物を取ってきた美童がキッチンに顔だけ出した。
「ねえ清四郎、あのお酒一人で空けちゃったの?」


   差出人: 剣菱 悠理
   件名 : 清四郎にはひみつ!
   本文 : 今すぐ可憐ちに来い。清四郎にはぜったい言うな。
        言ったらドロップキック2回。

…2回、っていうのがリアルだよなあ。

*美童に話すか話さないかについては、賛成派(悠理『美童だけ仲間はずれなんてひどいよ』)
 反対派(可憐『美童が清四郎に秘密なんか持てるわけないでしょ』)の意見が
 夜中から未明にかけてかなり対立した。
 が、結局、『悠理に言っちゃってるんだから同じだろう』との
 野梨子と魅録の見解により、美童を呼び出すことに決定したのだった。


83 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(29):03/12/08 23:29
ちょうど清四郎んちにいたからビビったよー、と言いながら
黄桜家に美童が到着すると、可憐は昨夜(今朝)より1杯分多くコーヒーを
用意しかけており、悠理がひとり缶のクッキーを齧っていた。
美童が悠理から野梨子と天寿の関係を聞き、一通り驚きのリアクションをとっているうちに、
他の二人も揃い、それから30分。

「で、その写真の人が清四郎の叔母さんなんだね?」
「えーと、清四郎の父ちゃんの姉ちゃんだっけ?」
「妹、だよ。で、俺たちはその人を捜す」
「とにかくもうあんまり時間がないのよ、…どれくらいなの?」
「はっきりしたことは言えませんわ。完全に失明してしまう前に、
 もしかしたら、…体の方が持たないかもしれないんですもの」
「糖尿ってそういう病気なんだあ。甘いやつが出るだけだと思ってた」
「…だから昨日話したじゃねえかよ」
「あんた何聞いてたのよ、ねえ、あんた今までの話、ちゃんと分かってんの?」
「ちょっと不安ですわね」
「多分だめだね。さっきからずっと、今初めて聞いたような顔してたもん」
「お前ら。言い過ぎだよ。ごめん悠理、俺らが悪かった。
 な、ちょっと聞いただけであんなややこしい話、全部理解しろって言うのが無理だよな」
「なんだよ! バカにすんなよ、あたいだってちゃんと分かってるよ!」
「そう、じゃあ、一から説明してみなさいよ」


84 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(30):03/12/08 23:30
 先月の碁の大会で野梨子と天寿のおっさんは出会った。
 野梨子はその時におっさんに惚れられて、話をするうちに
 おっさんが病気で目が見えにくくなってることと、薬の袋からおっさんが本当は
 『八重垣寿巳』って名前だっていうことが分かった。『八重垣』っていうのは
 25年前、清四郎の父ちゃんの妹と駆け落ちして、いなくなっちまった奴と同じ名前で、
 もしかしたらおっさんがそいつかもしれない、と野梨子は思った。
 そのあと、恋人だっていう女の写真を見て、はっきり本人だと分かった。
  
 清四郎の父ちゃんの妹(「名前忘れたんでしょ、雪子さんよ」)…雪子は
 駆け落ちの時に清四郎んちから…えー、絶交されてて(「勘当、ね」)、
 それから行方不明で、もういないことになってる。
 どんなにモメたのか分かんないけど、清四郎んちでは「雪子」っていう名前も
 「八重垣」っていう名前も、言うだけでもダメ、みたいになってる。  
 でも、清四郎の父ちゃんは、その妹に会いたがってるのを野梨子は知ってた。
 で、おっさんから雪子の行方を探ろうと思って、野梨子はおっさんに付き合うことにした。 
 あたいらに相談しなかったのは、清四郎だけに秘密にするのがヤだったから。
 …だからって今まで黙ってるなんて、ホント水臭いと思うけど。
 清四郎に秘密にするのは、清四郎に父ちゃん母ちゃんに嘘つかせんのがヤだから。
 …あたいは言ってもいいと思うけど。

 あ、あと、天寿っていうのはハイ…ハイ、(「『俳号』ですわ」)『ハイゴー』で、
 おっさんは普段本名を隠してて、ずっと『天寿』で通してる。野梨子にも本名を教えてない。
 なんでかっていうと『八重垣』ていうのは昔からあの辺で幅きかしてる家で、
 悪どいことも色々やってきた家で、その名前出すと何かヤバいことがあるからじゃないか、
 って、野梨子は思ってる。


85 :白鹿野梨子の貞操を狙え!(31):03/12/08 23:31
「な、合ってるだろ?」
「えらいえらい、だいたい分かってんじゃねえか」
「当たり前よ。あんた達帰ってから、あたし、も一回説明したのよ」
「なあ、ところでお前と雪子さんってさあ、全っ然似てなかったんだけど…」
「背格好とこの黒い髪が似てたんですわ。で、あとは写真を見て、
 『まあ、びっくりするくらい私とそっくりですわ』って言ってみたんですの」
「野梨子って、やっぱ怖いもの知らずだよねー。『八重垣』ってさ、
 『や』の付く方面の人たちとも関係ある家なわけでしょ?」
「だって、その時は『八重垣』がそんな家だって知らなかったんですもの。
 雪子さんについても、今悠理が言ったこと以上のことは知らなくって。
 菊正宗家ではその話は禁句ですし。私は母様からちょっと聞いたことがあるだけで」  
「もうさ、何もなかったからよかったようなものの、知ってたら俺、殴ってでも止めてたぜ。
 本当お前は無鉄砲っていうか世間知らずっていうか無謀っていうか運がいいっていうか…」
「魅録、お説教はさっきもう散々聞きましたわ。ご心配おかけして、
 ほんっとうに、申し訳、ございませんでした」
「お前、野梨子、お前が分かってなさそうだから何回も言ってやってんじゃねえかよ。
 だいたいお前はいつも―」
「はいはい、もういいわよふたりとも。ケンカしないの。で、これからどうすんの?」
「とりあえず頭数だけは増えたからな。無謀じゃねえ作戦、考えようぜ」

(「…ねえ悠理、とりあえず頭数『だけ』って、僕のことだと思う?」)
(「分かってんじゃん」)

可憐は今度はポットいっぱいにコーヒーを沸かして、
新しいクッキーの缶を二つ開けた。

86 :白鹿野梨子の貞操を狙え!:03/12/08 23:32
本日は以上です。失礼しました。

87 :名無し草:03/12/09 02:45
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
いよいよ物語が動き出しましたね。
過去やなんやら色々ありそうな天寿のキャラが面白そうです。
メンバーのやり取りも生き生きしていて、正に有閑ワールド。
続きが楽しみです。

88 :名無し草:03/12/09 05:37
>>44

89 :名無し草:03/12/09 14:47
>貞操
待ってました!87さんの言うとおり有閑ワールド
が繰り広げられていてすごく好きです。
文章も読みやすいし、それぞれのキャラがすごく
立っていると思います。美童かわいいw

90 :名無し草:03/12/09 18:15
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
倶楽部のメンバーの会話が読んでてすごく楽しいです。
いつも悪巧みの中心人物の清四郎が蚊帳の外にいるののが、さらにイイ!
それから、一言、言わせてください。
・・・清四郎のだし巻き卵、すごく食べたい。

91 :名無し草:03/12/09 18:28
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
いつ戻ってこられるか、本当に待ち遠しかったです。
清四郎の身内が関わっていたんですね、意外な展開です。
途中で清四郎にバレてしまうのか、最後まで5人でいくのか楽しみにしてます。

92 :<暴走愛>:03/12/09 22:52
<暴走愛>うpします。ダークなので苦手な方はスルーお願いします。

93 :<暴走愛> 第1章(31):03/12/09 22:53
>>54
くすんだシルバーの把手がついた白い引き戸が、可憐と豊作の前に立ちふさがっていた。
病人が楽な力で開閉できるように設計された戸は、音もなくそれこそ滑るように彼らの
前に進路を開けるはずだった。ただし、開ける気になればの話だったが。
豊作はその戸を前にして、まるでここに来た理由を忘れてしまったかのように、
次の動作に移る事をしなかった。彼の両脇に力なく垂れ下がった手の一つには、
発表会か何かに持っていく類いの、派手で華やかな、見舞いという今回の目的には
全く不似合いな、途方もなく大きい花束が握られている。さすがにリボンこそ細いもの
だったが。どうやって謝意を表したものか考えつかなかった豊作がとりあえず買いに走った
――こればかりは小輪やじいや他の使用人に頼むことなく、自分で買いに行った――
ものだった。

彼は、彼とその妹を見舞った災難について、途方もなく責任を感じていた。
およそ、状況から言えば、豊作と悠理の肩が触れたとはいえほんの少しであったと
双方とも認めていたし、だとすれば、もし悠理がいつもの悠理だったら、
そう酔ってさえいなければ、後ろ向きに階段から落ちたり、しなかっただろう。
少なくとも、後方宙返りなどという普通の妊婦はやらないことをしなくてもよかったのだ。
いくら元気とは言え、安定期に入る前の妊婦が深夜まで飲み歩くというのも、お腹の中で
育っていた小さな命に、どう控えめに考えてもいいはずがなかった。
それは豊作も悠理もわかっていた。

にも関わらず、豊作は魂が抜けてしまったようだった。まるで、妹の子、甥か姪か今となって
はわからない子――清四郎は聞いていたのかもしれないが詳しくは聞けなかった――の誕生
を、今か今かとカメラを構えて待ち構えている気のいい伯父さんのようであったが、
そうではないのを可憐は知ってる。いや、むしろ妹の子の存在を疎ましく思い、無意識に
憎んでいたからこそ、恐れているのだ。

94 :<暴走愛> 第1章(32):03/12/09 22:53
ひょっとしたら偶然ではなく、無意識の故意が自分に妹の、けっして仲の悪くない妹の肩を
押させたのではないのかいう自らに対する疑念と、誰も言い出さないが、ひょっとしたら
恐ろしく切れる誰かが、これは仕組まれた陰謀であると、彼あるいは彼女の誕生を喜ばない
誰かが事故に見せかけた殺人であると、暴くのではないかということを恐れているのだ。

もちろん、可憐は豊作がそんな恐しい考えを実行に起こす冷血さも、度量も持ち合わせて
いないのを知っている。
だが、心底、子どもを欲しがってる自分達より先に、最も身近な人物が先にその幸運を
授かったと聞いた日から、自分達夫婦の胸の内に宿った暗い炎を否定することはできない。
しかも、悠理達の幸運があっけなくこの世を去った事を、自分が本当に悲しんでいるのかすら
可憐にはわからなかった。
むしろ、ほっとしてる? どうなのよ、この人でなし。事故にあったのは、
あんたの親友で義妹なのに、その子の不幸をあんたは喜ぶの――?

「すごい花束ですね、お祝いですか?」
静かな、しかしたっぷりと皮肉を含んだ強烈なボディーブローが背後から繰り出された。
清四郎がやや乱れ加減の服装で立っていた。徹夜明けらしく、眼が赤く、頬には引っかき
傷があった。右手に階下で買って来たらしい、湯気の立つコーヒーが入った紙コップを
持っている。
「この度は……真にすまない、僕の不注意でこんなことになり、君や悠理に何と
お詫びをしていいか――」
清四郎の姿を目にするや否や、反射的に豊作は頭を下げた。
誠実な物言いだが、少し芝居がかっていると思えなくもない。営業が得意先に頭を
下げているようだ、と可憐も続いて頭を下げながら考えた。これは、許されることが
わかっている頭の下げ方だ。『まあまあ、豊作さん、頭を上げて』とか『こちらも
悪かったんですよ』などとの返答を期待している頭の下げ方。

95 :<暴走愛> 第1章(33):03/12/09 22:54
だが、いくら待っても一向に、顔を上げてください、との言葉は聞こえなかった。
可憐がちらと様子を伺うと、清四郎はコーヒーを飲みながら冷たい軽蔑した眼差しで
夫の後頭部を見ている。自分が優位に立っているもの特有の傲慢不遜な態度だった。
可憐はぞっとした。まだ生まれてはいなかったとはいえ、仮にも子どもを亡くした
父親が取るべき態度ではないように思えた。清四郎は悲しくないのかしら……?
たっぷり一分は経ってから、清四郎はこんなことを言う。
「初めて聞きましたよ、あんな声」
「え?」
脈絡のない台詞に可憐も豊作も顔を上げた。
「悠理ですよ。人があんなに悲しい声をだせるなんて知りませんでしたね。
お腹の子の心臓が止まったことを、本人も頭では納得したんですが、いざ処置に
入ろうと麻酔を打ったら逃げ出そうとして泣いて暴れて、この通りです」
頬の傷を示す。
「麻酔が聞いて眠るまで嫌だ、嫌だって、あたいの子を連れてかないで、ミューを
連れてかないでって、ずっと泣いてましたよ」

可憐の頬を熱いものが伝わった。実際には聞こえないはずの悠理の泣き声が聞こえて
きて、涙を止めることができず、はんかちに顔を埋める。
 悠理、かわいそうな悠理……
豊作も又、涙を押さえることができず、鼻を赤くして声をつまらせていた。

涙に暮れる豊作夫妻を前に、自らも又瞳を潤ませながら、清四郎の心の目が冷ややかに
この二人を観察している。やっと自分らが引き起こした結果がリアルに感じられたらしい。
実際は、この二人に話したような程度じゃすまなかったのだ。
麻酔を打ってからもしばらく悠理は大暴れした。仕方なく清四郎は悠理を拘束に近い抱擁で
捕らえながら、「悠理、我慢してください。ミューは死んだんです。天に召された
んです。悠理、ミューはもういないんです!」と必死で言い聞かせた。
『ミュー』とは、悠理がお腹の子のために自分と『ミュー』の存在すら知らない父親の
名前から一文字ずつ取ってつけた、仮の名だった。

96 :<暴走愛> 第1章(34):03/12/09 22:54
「ミューはもういない……」
悠理は暴れるのを止めた。目尻から涙が溢れ、代わりに嗚咽が処置室に響く。
愛する者を失った悲しみの声に居合わせた者は誰も涙を抑えることができなかった。

「今はまだ眠っています。彼女のことですから早く元気になってくれるとは思いますがね、
何分まだ精神的なショックが大きくて。うちの姉貴も見舞いに来ると言ったんですが
小さな子どもがいるので遠慮させました」
「悠理は、そんなに……」
豊作の絞り出すような言葉に清四郎は頷いた。
「しばらくは小さな子を見ると思い出してしまうかもしれませんね。本当に、早く
立ち直ってくれるのを願っていますよ」
じゃ、これで、と清四郎は病室に二人を入れもせず、自分だけ入ると戸を閉めた。
豊作の手に、用済みの花束が握られている。
その花束を豊作の手から離すと、可憐はそっと病室の前に置いた。
「行きましょう、豊作さん」
ああ、と力なく頷くと豊作はよろよろと歩き出した。急に二十も老け込んだようだった。

これで、と清四郎は戸を閉めながら考えた。
可憐はともかく、豊作は自分達の子どもを作ろうなどとはしばらく、あるいは永遠に
考えないに違いない。もし、あるとすれば、それは自分の罪が軽減された日、
つまり清四郎と悠理の間に再び子どもができる日だろう。
そんな日はまだまだ先になりそうだった。
思いをめぐらしながらベッドに目をやる。悠理はずっと眠ったきりだった。
清四郎は悠理の額にキスした。
「お休みなさい、お姫さま。眠って、忘れなさい、何もかも」
悠理の柔らかい毛、そして頬を撫でる。
「僕の元でお休みなさい。貴女は充分傷ついた。僕が悠理のことを、この世界中で一番
幸せにします。貴女が清四郎と結婚してよかったと思う位にね……」

続く


97 :名無し草:03/12/10 00:50
>暴走愛
悠理が可哀相で可哀相で・・・(つДT)
これからどうなっていくんでしょうね。
子作りから開放された可憐は、少しは落ち着けるんでしょうか。
続きがとっても気になります。

98 :名無し草:03/12/10 01:40
本筋ではないのかもしれないのですが
清×悠がとても気になってしまいます。
子供を亡くした悠里・・・
>あんなに悲しい声をだせるなんて
極楽トンボだった悠里が今後どうなってしまうのか楽しみです。

99 :名無し草:03/12/10 06:22
今回の話に泣いてしまったヨ...
清四郎、悠理を幸せにしてやってほすぃと切実に思うけど
どうなるんでしょう、このお話。
続きがめっちゃ気になります。

100 :名無し草:03/12/10 10:34
ほんとに頼みますよ清四郎!悠理を幸せにしてやってくださいよ。
そんで豊作&可憐夫妻ともうまくやってくださいよ・・・
とお願いしちゃうぐらいのめりこんでしまいました。
おもしろい。

101 :名無し草:03/12/10 17:25
>暴走愛
私はやっぱり可憐と清四郎が一緒になってほしい…
でも悠理も幸せになってほしいです。
うう、可哀想だなぁ。。

102 :Sway番外編 (8):03/12/10 19:41
>68の続きです。

ドア越しに、声が聞こえる。
清四郎はドアノブに手をかけたものの、そのまま開けていいのかどうか考え込んでしまった。
中にいるのは、悠理と美童。
彼らが具体的に何を話しているのかまでわからないのだが、ここ最近の美童の変化が頭に
あるだけに、根拠もなく邪魔をしてはいけない気になってくる。
他の連中に知らせるべきか、このまま静かに立ち去るべきか。
清四郎はいつになくふんぎりがつかず、その場に立ち止まっていた。
ふと、視線を感じる。
誰かと思って振り向くと、野梨子がこちらに向かって歩いていた。
清四郎は間髪入れず、野梨子に向かって歩き出す。
「せ、清四郎…」
自分の名前を呼ぶ野梨子の口を、清四郎はその右手で思わず覆ってしまった。
野梨子の大きな瞳がいっぱいに見開かれ、清四郎を見上げる。
清四郎はようやく自分のしていることに気付き、慌てて右手を野梨子から放した。
「…すみません、野梨子。今日はこのまま帰りませんか?」
いつもと違う清四郎の様子に疑問を感じながら、野梨子はとりあえずコクンと頷いた。
そのままふたりは、一言も交わさず下駄箱へと向かう。
途中、魅録にも可憐にも会わなかったが、この先あのふたりが生徒会室に行ったとしても
美童と悠理はもう話を終えているだろう。
清四郎は玄関の外で野梨子が出てくるのを待ち、来たところで並んで歩き、校門を出てから
口を開いた。
「さっきは本当にすみませんでした。中から美童と悠理の声がして、なにやらいつもと違った
 雰囲気で話している様な気がしたものですから、邪魔をしてはいけないと思ったんです」
言い終えてから野梨子の顔を覗き込むと、野梨子は涼やかな表情で前方を見ている。
「わかりましたわ。それでは、今日は時間もありますから、途中で本屋さんに寄って
 行きませんこと?私、探している本がありますの」
「えっ、ええ、そうですね。僕も買いたい本がありますし」
野梨子のどこか達観したような言葉に、清四郎は表面上はポーカーフェースを保ちながら、
内心では驚きを隠せなかった。

103 :Sway番外編 (9):03/12/10 19:44
「何、清四郎?僕の顔に何かついてる?」
美童は清四郎の持ってきた清酒が気に入ったらしく、そんなに強くもないのに
機嫌よく杯を重ねている。
確かに、放課後に普通に家にいる美童なんて珍しい。
家庭教師が来ている時か試験前の時以外、デートがキャンセルにならない限り遊び歩いて
いるのだ。
「いいえ、何も。ただ、正直なところ、驚いているだけです」
清四郎も自分の杯に酒を注いだ。
父修平のコレクションの中からくすねてきたそれは、一年に決まった本数しか市場に
流れない、貴重なものである。
「うーん、遊んでてもね、楽しくないんだよね。その、普通さ、デートなんかしてると目の
前の女の子しか見てないはずなんだけど、頭の中にその子の顔が伝わってないんだよね」
酔って、美童の表情はかなりくだけているが、発する言葉は考えた末であることがわかる。
「何、清四郎、僕が悠理に好きだって言ってるの、そんなに冗談ぽく聞こえる?」
清四郎はその問いになんと答えてよいやらわからず、一気に杯を飲み干した。
美童は片手に杯を持ち、天上を見上げて続ける。
「清四郎、人を好きになるのに公式なんてないんだよね。…友達って段階をパスする時も
 あれば、友達の関係が続いていて何かのキッカケで好きになっちゃうこともあるしね…」
言葉が途切れた瞬間、美童の手からカタンと杯が絨毯の上に落ちた。
見ると、美童は目を閉じて頭は横に傾いている。
清四郎は立ち上がり、そっと美童の部屋から出た。
静寂さに支配された邸内を歩いて玄関に辿り着くと、当直の職員に今から帰る旨を告げて
扉を開けてもらった。

まだ、続きます。

104 :名無し草:03/12/10 21:15
>Sway
野梨子の口をふさぐ清四郎の手が何げにいいです。ふ、ふさがれたい。

105 :名無し草:03/12/11 11:24
>Sway
>104
うっ、私も…

106 :名無し草:03/12/11 15:37
いや、私は手じゃなく口でふさが・・・スマン、逝ってくるよママン

107 :名無し草:03/12/11 16:06
いやいや、私はむしろ口じゃなく・・・

108 :名無し草:03/12/11 16:13
>>107
なんだ!?何でふさがれたいんだ!?ま、まさかっ(W

109 :名無し草:03/12/11 18:44
おお!ナカーマw
多分同じこと考えてるでしょうwwおいなr(ry

110 :名無し草:03/12/11 19:21
>>109
おいなる?

111 :名無し草:03/12/11 19:57
ヲトナの妄想が・・・
クラクラ〜

112 :107:03/12/11 22:11
私、私そんなつもりなかったのに・・・!       ○, (泣,,,
ヲトナって汚い、汚いよっ!               <|_「
ダッ!! (((( ===== ^ _ノ_
L


113 :107:03/12/11 22:15
あっ、しまった失敗した。会社のパソで書き込んだ罰ね・・・


114 :名無し草:03/12/11 22:48
新作うpさせてください。ドタバタものですこし恋愛もありです。
5レスうpします。

115 :これ、いただくわ:03/12/11 22:49
「遅いな」
さすがにイライラし始めた。最後に連絡が入ったのは今から一時間前。
魅録の呟きに清四郎も野梨子の出方をうかがっていた碁盤から目を上げた。
「大丈夫だよお、きっと」
美童は平気なようだ。暇つぶしに可憐相手に始めたオセロでコーナーを三つも取り
いい気になっている。
「ほんと、遅いわね」
さり気ない様子でボードをかき混ぜると可憐は時計に目をやった。予定の時刻を
20分も過ぎている。
「なにかあったのかしら」
可憐に倣いさり気なく盤上をかき混ぜた野梨子は机上のディスプレイに目を移す。
悠理の所在を示すポイントが一ヶ所で点滅したまま動いていない。
「なにか、あったみたいですわね」
魅録はマイクに向い通信を試みたが、返ってくるのは耳障りなノイズだけだった。
確かに何かあったようだ。可憐はファイルの中から取り出した図面を広げると、
点滅するポイントにマジックで印をつけた。

116 :これ、いただくわ-2:03/12/11 22:50
やはり悠理は孤軍奮闘していた。
「おい、どこに行った?」
「上だ。排気口から逃げた」
足下で複数の濁声が聞こえる。もとより悠理には会話の内容など理解できない。男共は
どこのものとも知れぬ言葉で話しているのだ。
悠理はひたすらにダクトを這っていった。これだけ高速で這い続けてもヒジやヒザが
擦り剥けるようなことにならないのは、魅録に着せられた特製ボディスーツのおかげだ。
厚さわずかに0.7mm、様々な加工を施されたこのスーツ、野梨子のレポファイルには
『天女の羽衣』と記されている。命名の由来はその製造法にある。特殊製縫で縫い目が
ないのだ。しかし羽衣のような優雅さはない。
スーツは体にぴたりと貼り付き、ボディラインがそのまま出る。見様によっては裸同然の
代物だが、色が灰色ということで辛うじて裸ではないことがわかる。
「受発光粒子を埋め込んであるからそれを着ている限り、お前は透明人間になれる。
でも気をつけろよ。発光体が作用するのは観測点からの距離が3m以上の場合だからな」
魅録は胸を張ってそう言った。つまり近付き過ぎなければ大丈夫ということらしい。
だがスーツが覆っているのは首から下。頭は出ているのだ。これでは3m以上離れていた
としても本物の透明人間ではない。
「気にすんな」
これについての説明はなかった。
幸い悠理はものを深く考える性質ではない。魅録は救われた。
とにかく魅録特製ボディスーツに身を包んだ悠理は今から2時間前にこの建物に潜入した。
そして約30分前、不覚にも警備の男どもの目の前に着地し追われる身となったわけだ。
自慢の飛び蹴りで五人までは即座に片付けたが後から後から涌いて出る警備員に業を煮やし、
仕方なく魅録から渡されたダイナマイトを派手に爆発させてその隙にダクトへ逃げ込んだのだった。

117 :これ、いただくわ-3:03/12/11 22:51
「ガードマンがこんなに多いなんて聞いてないぞ」
四方を囲む銀色の壁を睨みつけながら悠理は小さく悪態をついた。
こんなことになるのであればこの役はやはり魅録にやらせるべきであった。珍しく実動部隊を
悠理にゆずった魅録は今、近ごろ味を覚えたエスプレッソでもなめながら指令本部で悠理からの
通信を待っているはずだ。
『指令本部』とは松竹梅邸にある魅録の自室のことである。魅録の命名だ。もちろん誰も
そんな風に呼びはしない。魅録はガレージまで改造しほかの者にはてんで理解不可能な機器を並べ
こちらは『マザータンク』などと名付け悦に入っている。
「魅録も好きですわね」
野梨子の呆れた呟きも耳に入らないようであった。
ことの発端は悠理の兄・豊作である。
常に影の薄い彼ではあるが、そこは財閥の跡取り息子らしく古文書の解読などという高尚な
趣味を持っていた。世界中から掻き集めた古文書を夜な夜なせっせと読み解いていたらしい。
かと言ってそれをどこぞの学会などで発表するようなマネはしない。中には学術的に重要なものも
含まれているようだが、豊作の頭には読み解けた満足感しかない。あくまでも趣味なのである。
その辺り、御曹司の大らかさと言うべきか。
あの夜もまた例の如く、新しく入手した古文書を手にいそいそと机に向っていたところを―――
やられた。古文書コレクションを盗まれたのだ。

118 :これ、いただくわ-4:03/12/11 22:51
剣菱邸に侵入した賊はろくに下調べもしていなかったらしい。
金目のものがゴロゴロ転がる部屋が星の数ほどあるというのに、選りに選って賊共は
真っ先に豊作の部屋に闖入した。豊作も慌てたが賊も慌てた。
「なんだ、この部屋は……」
金になりそうなものがまったく見当たらない。
その替わりに少女趣味で塗り固められた部屋を埋め尽くすのは古本の山。
ベッドの天蓋からはパーチメントや巻物が垂れ下がり、壁には暗号のような覚え書きが
結界のごとく張り巡らされている。豊作の部屋は不思議な侘びしさを醸し出していた。
「…あ…あ…」
慄き立ちすくむ豊作の鳩尾に憤慨の一撃を与えた賊はそれだけでは腹の虫が
おさまらなかったと見え、手当たり次第に古本を奪って窓から逃げた。
直後に駆けつけた万作と悠理が見たものは、腹を押さえて泣き崩れる豊作であった。
「この頃、兄ちゃん元気なくてさ」
すっかり意気消沈し、影の薄さにますます拍車をかけつつある兄を見るに見かねた悠理が相談に訪れた。
「なんとかならないかな〜、魅録?」
当人は気付いていないようだが、他人に物を頼む時の悠理は妙な可愛らしさを見せる。
この時もそうだった。それが効いたわけではないだろうが魅録は二つ返事で引きうけた。
何か予感めいたものがあったのかもしれない。
「要はそれを取り返せばいいんだろ?」
さっそく自慢の情報網を駆使し、あっさり在処を突き止めてきた。
古文書は転売に転売を重ねられたがその割には値が上がらず、結局二束三文で今は兼六の
持ち物になっていると言う。あの剣菱の宿敵・兼六だ。

119 :これ、いただくわ-5:03/12/11 22:52
俄然やる気を見せたのが万作だった。
「なぬぅぅ?兼六だとぉ?」
今までにも散々兼六の横槍に苦い思いをしてきた万作は即座に全面的なバックアップを
申し出た。自分の方も何度も兼六に煮え湯を飲ませてきたことなどすっかり忘れている。
「豊作の仇討ち合戦だがや」
地上最強のバックボーンを得た魅録は勇躍した。更なる情報収集のため可憐と美童に
指示を与えた後、自らは『マザータンク』にこもり種種雑多な道具類の準備を開始した。
悠理に聞いたのだろう、いつの間にか清四郎と野梨子も現れ魅録の自室で茶を啜っている。
「資料の整理は任せてくださいな」
魅録が顔を見せると野梨子はカラフルなラップトップをひらき微笑んだ。
「やっと使えるようになりましてね」
清四郎が教えたらしい。打って付けの練習台を見つけた野梨子は早くも古文書奪還作戦と
名付けたファイルを作り、何やらせっせと打ち込んでいる。
「なかなか様になってますよ、野梨子」
教え子の巣立ちを見守るような老成した顔付きで、清四郎は満足そうに茶を啜っていた。


しばらく水平に進むと垂直に走るダクトにぶつかった。上へ行くか、それとも下か。
悠理は迷わず上へ進んだ。この華奢な体のどこにそんなパワーが隠されているのか、
悠理は軽々と登っていく。2フロア分を越えたあたりでダクトはまた水平のものと交差していた。
どちらに行こうかふと迷ったその時、下の方で何かが吹きあがる嫌な音がした。
「ぇ…?」
ガスだった。つま先がひんやりと冷え始めた。

続きます

120 :名無し草:03/12/11 23:56
>これ、いただくわ
キャラが動いていて面白いです。
ただ、古文書は兼六の手下が盗んだ訳ではなく
転売された先が兼六だった、という経緯があるのに、
それを盗もうとする動機が「剣菱の宿敵だから」だけでは
ちょい薄いような気が・・・
ともあれ、キャラクターが魅力的に生き生きと書かれているので
続きを楽しみにしてます。

121 :名無し草:03/12/12 00:05
>これ、いただくわ
本格アクション小説!ですねW 楽しくスルスル読めました。
茶すすってる清×野がいい感じ。恋愛なくても面白いっすよー。

122 :名無し草:03/12/12 01:34
初めて書き込みます!
>暴走愛
はまりました。とにもかくにも清四郎が好きなので...
悠理に囁いた言葉は本心ですよね?信じてます。
二人には幸せになってほしい!
魅録が絡んだり、可憐と焼けぼっくいに火がついたりしてもいいけど、
最後は清四郎×悠理を希望しまーす!!!

123 :名無し草:03/12/12 01:50
>122
>1の「お約束」の最初の文を声に出して読むように。
全てはそこからだ。

124 :名無し草:03/12/12 03:01
>120

ウザイ 嫌ならスルーしろ
 


125 :名無し草:03/12/12 07:24
>これ、いただくわ
アクション・・のはずなのにこのタイトル。
こじゃれてて有閑倶楽部っぽいですね!
余裕かましてる彼らがいい味出してます!
楽しみに続きを待ってますね〜


126 :名無し草:03/12/12 10:07
>これ、いただくわ
私もタイトルがオサレで好きです。
すごく有閑っぽい!!続きが楽しみ。

それにしても最近うpが多くてホント嬉しい。


127 :ホロ苦い青春編 魅×野 清×可:03/12/12 23:12
前スレ>724の続きです。

128 :ホロ苦い青春編 魅×野 清×可 :03/12/12 23:13
翌日の月曜日、やはり大事を取って野梨子は学校を欠席した。
それはいいとして、と可憐はもうひとつ空いている席に目をやる。
―なんで、あんたまで休むのよ!

昨夜の、病院の薄暗い廊下。
想い人を納めた病室の扉を見つめながら、清四郎は静かに言った。
後悔ならもうしている、と。
「それにね、言ってしまったらもっとひどい後悔をすると思います。
 どっちにしろ、諦めるにも忘れるにも長過ぎましたから」
可憐も声を落とした。いや、胸が、喉が痛くなって小さな声しか出なかった。
「…でも、でも分かってても、傷つかなくちゃ駄目な時もあるのよ、あんたのために」
清四郎はそれに声では答えず、可憐に向き直って優しく笑った。
「帰りましょう。送りますから」
タクシーの中でも、清四郎は全く喋らなかった。
可憐は清四郎が儚げに見えて、後部座席でずっと彼のジャケットの袖を握りしめていた。
そうしていなければ清四郎が消えてしまいそうな気がしたから。

「あら、清四郎さん、学校は?」
白鹿夫人はごく当たり前の質問をした。清四郎は努めてさらりと答えた。
「サボりました」
「まあ。そんなに堂々とされたら、叱る気にもなりませんわね」
夫人はにこりと笑って、いつものように彼を家に上げた。
そして、清四郎は通い慣れた部屋の襖をノックし、呼び慣れた名前を呼んだ。
「野梨子」
5秒後、襖の向こうから聞き慣れた声がした。
「…どうぞ」


どなたか続きお願いします。


129 :名無し草:03/12/13 01:05
ほのぼの短編(清×野)クリスマスネタうpします。
苦手な方はスルーして下さい。
7レス頂きます。

130 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野):03/12/13 01:06
「すみません、ここで結構です」
後部座席から少し身を乗り出すように、黒いすだれ頭の青年は言った。
「あ、いえ、でもお嬢様からは【御自宅までお送りするように】と
仰せつかっておりますので・・・」
「少し、夜風にあたってから帰りたいんですよ」
家も直ぐそこですし、と付け加え、清四郎は隣に座る幼馴染みをチラリと見た。
意識はハッキリとしているのだが、少々目が据わって足元がおぼつかない野梨子が
このまま帰宅しても、彼女の母親を心配させるだろうと思い、
清四郎は彼女の酔いを醒ましてから、自宅に送り届けようと考えたのだった。
剣菱お抱えの運転手は暫し頭を巡らせたが、(この人はお嬢様と互角にやり合う程の
武道の達人なのだから、夜道の危険は心配無いか)と結論付けると、静かに車を路肩に寄せ
停車させた。
「ここで宜しいですか?」
バックミラー越しに訊ねる中年の運転手に、清四郎は「ええ、すみませんね」と
柔和な表情になった。
この運転手、先の悠理と清四郎との婚約騒動での果し合いを影ながら見守っていた一人なので、
一睨みで鬼を蹴散らすような鋭さが、今はこの青年から微塵も感じられない事に少々驚いていた。
(最近のコドモは怖いねぇ)
そんなことを思いながら、運転手はサッと降車し、野梨子側のドアを恭しく開ける。
「野梨子、歩けますか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
清四郎は声を掛けてから素早く降りて反対側のドアに立ち、酔いの為もたつく野梨子に
手を差し出した。
握った野梨子の手は弱々しい握力で、【飲みすぎました】と素直に物語っている。

131 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 2:03/12/13 01:07
「それでは、お気を付けてお帰り下さい。」
あくまでも丁寧な運転手に、清四郎と野梨子は頭を下げた。
「遅い時間にありがとうございました。」
「いえ、それでは・・・」
剣菱所有の車にしては面白味の無い、まともな車---と言ってもン十年前の
世界に誇るクラシックカーは、手入れの行き届いたものだけが許される煌めきを
暗闇の中にもキラキラと放ちながら、ウィンカーを数回点滅させて去っていった。


そこは、小さい頃に何度か来た近所の公園だった。
「ここで少し休んでいきましょう。
そのまま帰っては、おばさんが心配しますからね。」
清四郎の言葉に、野梨子は素直にコクリと頷いた。


まだ、クリスマスには早い今日の日付。
毎年そうなのだが、今年のイブも各々予定があるとかで、
お祭り騒ぎが大好きな【有閑倶楽部】も流石に6人一緒に24日に
パーティーなど開けそうも無く、日にちを前倒しして大騒ぎすることに
したのである。
会場は剣菱邸。
なので、万作と百合子も自動的に参加となったのだが・・・
言わずもがな、「クリスマスパーティー」とは名ばかりで「飲めや歌えや」の境地と化した。
敬虔なクリスチャンがその場を見たならば、卒倒したに違いない。
乱痴気騒ぎの夜は決まって【お泊り】なのだが、今回野梨子は翌日に白鹿流の主要茶会が
控えている為、一旦帰宅した方が良かろうと考え不伯、保護者然の清四郎も合わせて
【泊りなし】となったのだ。

132 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 3:03/12/13 01:08


真夜中の空気は突き刺すように冷たく、容赦が無い。
公園の入り口横にあるベンチに野梨子を座らせると、清四郎はその隣に腰を降ろし
フーッと息を吐き出した。
「寒くありませんか?」
「ええ、空気が冷たくて気持ち良いですわ。」
そう答えた野梨子の息も白く、暗い夜空にコントラストを描く。
「どうです? ちょっと飲みすぎましたか?」
「え、ええ。」
「僕も今夜は遥かに適量を越えてましたから、人のことは言えませんがね。」
そう言って苦笑する清四郎の顔は、街灯の仄かな明かりに照らされて
普段よりもずっと大人びて見える。
(清四郎はいつの間にこんなに大人になったのかしら・・・?
 背が伸びて、強くなって、それから・・・)
雲海和尚の下で日々鍛錬を重ね、勿論勉強も人一倍熱心に取り掛かっていた清四郎。
気付けば、文武両道・鉄仮面の如くポーカーフェイス・口を開けば丁寧な言葉からは
想像出来ない皮肉をを吐く、大人顔負けの少年になっていた。
野梨子は清四郎の近くにいすぎて、その変化に気付けなかったのだが。


野梨子は、自分が清四郎の顔をまじまじと見詰めている事に気付いていなかった。
「僕の顔に、何か付いていますか?」
清四郎はついっと顔を一撫でした。
その仕草が妙に可愛らしくて野梨子は笑みを浮かべる。
「いいえ」
「おかしな人ですねぇ」
良くわからない、という風に、清四郎は軽い溜息を付いた。
そして、「そうそう」と何か思い出したような顔をした。

133 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 4:03/12/13 01:09
「24日なんですがね、一緒に食事でもどうです?
野梨子がお気に入りの、ジャズシンガーのディナーショーですよ」
そう言って、清四郎はコートの胸ポケットからやや小さな封筒を取り出して見せた。
野梨子は、あっと思った。
(あの時のことを、覚えてくれていたんですのね・・・)


夏の事だったか、倶楽部の皆で買い物に出掛け、休憩がてらに入った喫茶店で
遠慮がちな音量でBGMが流れていた。
それは店内の風景・・・ 飴色の光沢を放つカウンターや木目の壁、
少し傷付き年季が入ったテーブルセットと絶妙にマッチした、ピアノに乗った
女声のジャズだった。
普段、琴や三味線などの邦楽にしか興味が無い野梨子だが、掠れた声で
魂の叫びを歌うその曲に、一瞬にして引き込まれたのだ。
何をオーダーするかと他のメンバー達が一悶着している間に、
野梨子は耳を澄ませてBGMに聞き入っていた。
その様子に気付いた清四郎が、曲が終わると「野梨子が珍しいですね」とにっこり笑い、
得意の薀蓄を語りだした。
「さっきのジャスシンガーは最近人気でしてね、出したCDはジャズ部門としては
驚異的な売り上げがあったそうですよ。
ライヴチケットも発売開始から数分で売切れてしまうそうで、ネットオークション
なんかでは倍以上の価格でも落札者がいる、という話です。」
「まぁ、そうなんですの。」
流石に驚いた野梨子だったが、「ねぇ、オーダーするよ」という美童の声に中断され
それきりジャズの話は出ず仕舞いだった。

134 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 5:03/12/13 01:10


「一緒にディナーショーでも」と言った清四郎の言葉が、野梨子の心に妙に引っ掛かってきた。
(私、清四郎に迷惑を掛けているのではないかしら) と。
今まで、清四郎に気を使わせているつもりは無かった。
一緒にいるのが当たり前で、何故一緒にいるのかなんて考えた事も無かった。
些細な事だが、今日のパーティーへの出掛けに、母に言われた「皆さんの御迷惑に
ならないようになさい」の何気無い一言が、野梨子の心の中でムクムクと
首をもたげてきたのだ。

普段の事を思い起こせば、清四郎は登下校にも一緒だし、野梨子の身が危険に晒されると
直ぐに飛んできてくれる。
今だって、野梨子を休ませるためにこんな寒いところで付き合っている。
クリスマス・イブの予定にしても、各々予定がある仲間を見送って、
寂しく・・・といっても、いつもどおり家族と静かに過ごそうとしている自分に
気を使ってディナーショーの予約を取ってくれたのではないか? とさえ思えてきた。
イブには、美童と可憐はそれぞれ本命の相手とデートの約束を取り付けたと
嬉しそうに話していたし、魅録と悠理はつるんでロックバンドのライヴに
行くのだと張り切っていた。
皆それぞれに予定を立てて楽しく過ごそうとしているのに、自分のために
そこまで清四郎が気遣ってくれたのかと考えると、野梨子は申し訳ない気持ちに
なってきた。
「あの、清四郎・・・
お気遣いありがとう。
でも、それは他の方とお出掛けになって下さいな。」
「おや、何か予定が入りましたか?」

135 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 6:03/12/13 01:11
意外そうな清四郎の声に、野梨子は苦笑を漏らした。
「いいえ、そうではありませんけれど・・・」
「では、何かありましたか?」
「違いますの、清四郎。
・・・私、今まであなたの厚意に甘えてきましたでしょ?
いつも一緒にいて、何かあったときには清四郎に頼るのが当たり前だと思ってましたの。
でも、やっと今気付きましたわ。
私も卒業しなくては・・・
クリスマス・イブも予定の無い私に気を使って、そのチケットを苦心して取って下さったの
でしょうけど、どうぞ他の方とお出掛け下さいな。
清四郎にも色々とお有りでしょう?」
野梨子の何やら勘違いしたらしい読みの言葉と、【もう兄妹のような関係は
終わりにしましょう】という信号を読み取った清四郎は、苦笑するしかなかった。
(僕はこのままで一向に構わないんですがねぇ。)
「やれやれ、そんな事を気にしてたんですか。
いいですか?
僕は【野梨子と出掛けたい】と思ったから、こうして誘ってるんです。
それではいけませんか?」
清四郎はこれまで見たことも無いような優しい目で、野梨子を見ていた。
「あの、でも・・・」
尚も続けようとする野梨子に、清四郎は言葉を被せた。
「何度も言わせないで下さい。
野梨子以外の女性とイベントに行こうだなんて、考えてもみませんよ。
それとも・・・ 野梨子はそんなに僕と行きたく無いんですか?」
少々意地悪な問いに、野梨子はふるふると頭を振った。

136 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野) 7:03/12/13 01:11
「なら、決まりですね。」
清四郎がにっこり笑う。
「おっと、あまり遅くなってはいけませんね。
そろそろ帰りましょう。」
野梨子の顔色もいつもと変わらぬ程に落ち着いてきたのを見計らい、清四郎は腰を上げた。
野梨子を立たせ、背に添えられた清四郎の右手はとても温かく、それだけで包容力を感じさせる
ものだった。

「この冷え込みでは、明朝は晴れそうですねぇ。」
「そう願いますわ。」
二人の掛け合いはシンとした空間に飲まれ、直ぐに静寂を取り戻す。
空にプカリと浮かぶ満ちた月が、寄り添う二つの影を一層深く浮かび上がらせていた。


          〜 終わり 〜

137 :クリスマス・イブの過ごし方(清×野):03/12/13 01:12

ありがとうございました。

138 :名無し草:03/12/13 02:43
>ホロ苦
可憐がそれらしくていいです。
清四郎が野梨子の所に行くとは、意外な展開でびっくり。
先が読めないのも、リレー小説ならではの楽しみですね。

>クリスマス
冬の寒さがよく伝わってくる描写と、二人の間に流れる
温かい空気のコントラストが、凄く良かったです。

139 :名無し草:03/12/13 08:44
わーい。清×野ばっかりだ!
>ホロ苦
うわーぉ。進めてくれてありがd♪
このまま清四郎は積極策にでてほしいなー。
個人的にはハッピーエンド派ですが。
>クリスマス・イブ
138タンのいうとおり、冬の寒さの描写がすごく良かったです!


140 :名無し草:03/12/13 12:04
ほんとに清×野ばっかりだね。
いくら好きでもさすがに飽きるかな。
ほかのカップリングも読みたいっす。

141 :名無し草:03/12/13 12:43
好きなオマイが飽きてたら他のカプの人はどうしろとw

…だったら書いて話題振れって話ですな。精進しまする。


142 :<暴走愛>:03/12/13 13:46
<暴走愛>うpします。
突然ですが前回の分までで1章は終わりで、今回から第2章にさせてください。
行き当たりばったりですみません。
第2章は清×可メインです。ダークなので苦手な方はスルーお願いします。

143 :<暴走愛> 第2章(1):03/12/13 13:47
>>96

<暴走愛> 第2章 〜狡猾な愛〜

初夏の風が木々を揺り動かし、葉が爽やかな音を立てる。
通話が終わると黄桜可憐はこれで終わりだとばかりに音を立てて、携帯を畳んだ。
そのまま新緑に目をやる。たった今、二ヶ月半の恋人に別れを告げたところだ。
ぬるい恋だった。某倉庫会社の社長の息子で背の高さとマイ・クルーザーが自慢の男は、
たぶん半年先の可憐の記憶に残っていないだろう。

「電話は終わりましたか」
生徒会長の清四郎が生徒会室のドアを軽くノックしながら現れる。
「終わったわよ、電話も、私の恋も、みんな」
椅子に座って反り返る可憐に清四郎は呆れた顔をした。
「またですか、長続きしませんね、可憐。今年に入ってもう5人目でしょう」
「悪かったわね。あ〜あ、自信なくすなぁ、もう」
清四郎は小さく笑うと、テーブルの上に焼き増しした写真を広げる。
今流行りの遊園地に有閑倶楽部全員で行った時の写真だ。
魅録が野梨子と手をつないで観覧車に乗り込む一枚に、可憐の視線が止まった。
清四郎に指し示す。
「ねぇ、魅録ってさ、野梨子に絶対気があると思わない?」
「そのようですね」
あっさりと返ってきた清四郎の返事に、彼が焼きもちを焼くのではと思っていた
可憐はがっかりする。逆に清四郎はこんなことを言う。
「それより美童が君に気があるみたいですよ」
「知ってる」
最近美童は何かにつけ、可憐を連れ出そうと画策していた。
「どうするんですか?」
「どうするって……どうもしないわよ」
正直な気持ちだった。今後も美童には恋愛感情など持てそうにもない。

144 :<暴走愛> 第2章(2):03/12/13 13:48
渡す相手別に、写真を振り分ける作業を清四郎は始めた。彼の隣に可憐は座る。
彼から写真を半分奪うと、手際よく分けていく。清四郎が世間話をする。

「なんで別れたんですか」
「……なんでだろ。そもそも、なんでつきあったのかが謎よ」
「顔じゃないんですか」
「それもあるけど、……もういいじゃない。疲れちゃったのよ」
口を開けば自慢話ばかりの相手に辟易したというのが正しいのかもしれない。
清四郎は心底うんざりしたという感じの可憐に笑みを浮かべた。
「僕も疲れるほど、恋愛にのめり込んでみたいものですね。もちろん冗談ですが」
「清四郎が?気持ち悪〜」
「失敬な」

「これは誰のところに置く?」
「それは、悠理のところへ。こちらにもらいます」
清四郎は間違って写真ではなく可憐の手を引っ張った。
「あ、すみませんでした」
そのまま可憐の爪に施された華麗なネイルアートに目を移す。
「また、これは、凝ってますね」
長く整えられた爪がネイビーブルーに染まっている。深みのある色は夜空を思わせた。
白やピンクの花火が三つ程、光る石と共に小さな夜空を飾っている。
いかにも時間がかかりそうな代物だ。電話の彼のために整えられた爪か。

美しさに磨きをかけるために女性は時間をかけ過ぎるとは清四郎は常々思っていた。
本当の美しさは内面の美がもたらすもので、いくら時間をかけて肌を磨き、髪を巻き、
運動をして美しい体型を保ったとしても中身が空っぽでは魅力な無きに等しい、
というのが清四郎の持論である。
しかし実際に手をかけた美を目にすると、それはそれで美しいと言わざるをえない。
「いつまで手を握ってるのよ」
自分の大きな手の中に、いかにも女性的な白くしっとりとした手がまだあるのに気づいて、
清四郎はあわてて手を離した。

145 :<暴走愛> 第2章(3):03/12/13 13:48
「野梨子とはどうなのよ」
「どうって何がですか」
「どうなってるの。キス位した?」
「何で僕が野梨子にキスするんですか」
「だって、そういう仲でしょ」
「そういった興味で彼女を見たことはないです」
これは本当だ。清四郎は今まで野梨子を恋愛対象として見た事はない。
あくまでも趣味の合う友人で、女性にしては話しやすい相手ではある。
幼なじみということで冷やかされることも多々あるが、
清四郎にとって『幼なじみ』とは、同じ環境で育ったという結果でしかなかった。

「清四郎はそうでも、野梨子は清四郎のこと好きだと思うわよ」
清四郎の目の前に可憐が一枚の写真をひらひらして見せた。
野梨子が一人で映っている。
彼女ははにかむように微笑み、そして真直ぐに『こちら』を見ていた。
「清四郎が撮ると、野梨子はとてもきれいに映るわ」
清四郎は苦笑いしたが、可憐には答えず野梨子の写真を受け取ると、
ためらわずに『野梨子』への写真の列にそれを置いた。

「野梨子が僕を好きなら、答えてやるべきなんでしょうか」
写真の整理が終わった後、コーヒーを入れて二人で飲んでいた時、
唐突に、本当に脈絡もなく清四郎がこんなことを言い出した。
だが可憐は落ち着き払って、カップを口に運び、答える代わりに目の前の
男を問いつめるようにじっと見つめる。
その視線に恥じて清四郎は弁明した。
「いや、さっきの話なんですが、可憐が言った通り、野梨子が僕のことを……って
いうのは最近感じてまして。どうしたものかと実は少し悩んでるんです。
さっきも言った通り、僕は彼女に友人以上の気持ちはなく、いつも誤魔化して
しまうんですが……それが、いたずらに野梨子に期待させてるのではないかとね。
傲慢な言い方かもしれませんが。かと言って告白されたわけでもないのに、
こちらからそういう風には考えてないっていうのもおかしいですし」

146 :<暴走愛> 第2章(4):03/12/13 13:49
可憐は首を捻った。しばらく考える。少し悩んでから言った。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない。私だったら相手から何も言われ
なければ放っておくけど。だってまだ何も起こってないのに、あれこれ考えたって
仕方ないし。それより、野梨子とつきあってみたら?」
「いや、それは……」
「清四郎はあれこれ考え過ぎ。理想を追い求め過ぎ。まず女の子とつきあってみることよ。
つきあってみれば、自ずと答えは出るわ。どんどん相手のことを知って、
新しい面を発見したら好きになっちゃうかもしれないじゃない。
もちろんその逆もあるけど、まずは実行よ」
「そんなもんですかねぇ」
清四郎は苦笑した。
それから数日後、可憐は清四郎から「野梨子とつきあう事にしましたよ」と報告を
受けて飛び上がった。まさか、本当に実行するとは。

清四郎と野梨子がつきあい出したという噂は、瞬く間に聖プレジデント学園を駆け巡った。
それというのも、ご丁寧に清四郎が毎日、野梨子と手をつないで登校したからだ。
どうも清四郎の頭の中には、カップルは手をつなぐものだという思い込みがあるらしい。
野梨子は傍目にも、校内で手をつなぐのは嫌がっていたが、恥ずかしさで顔を真っ赤に
しつつも、その顔は実に幸せに満ちていて、美しかった。

実際、清四郎の尽くしぶりに、野梨子は熱せられたチーズのごとくトロトロに溶かされていた。日中もぼーっとしていて何も手につかないようで、授業中に突然涙を流したりするなど
感情の起伏が激しくなり、成績が急降下して担任を嘆かせた。
野梨子の瞳には清四郎しか映ってないのは、誰の目にも明らかだ。

一方の清四郎は『彼氏』としての役割を実に忠実に果している。
朝は一緒に登校し、昼は必ず野梨子の教室で食事をとり、帰りは彼女の教室の前で待っている。
野梨子の話では、帰宅した後も夜までに一度は電話で様子を聞くのもかかさないらしい。
日曜日には決まって二人でデートに出かけるようだ。美童がお薦めの店を教えていた。
外野から見ると羨ましく、うっとおしいほど、熱々のカップル――に見えた。
だから、一体誰が考えただろう。彼女はともかく、彼の方は彼女に恋をしていないと。

147 :<暴走愛> 第2章(5):03/12/13 13:49
清四郎はため息をついてコーヒーを口に運んだ。
「こんなもんなんですかねぇ、実際」
「何が」
対した可憐も又、すましてコーヒーを口に運ぶ。いつかのように生徒会室で二人きりだ。
「恋愛ってもっと、燃え上がるようなものだと考えてたんですがね。春の日のように穏やかな
落ち着いた関係ではなく。どうも、何か、違うんですよね」
「人によって違うでしょ」
百戦錬磨の可憐には、もちろん彼の言いたいことがわかっていたがはぐらかした。
「可憐の言う通り、野梨子とつきあってみて、彼女の知らない面も見えてきました。
実際、以前より愛おしいと思う時もあります。でも、何か違う。
一緒に歩くことも、手をつなぐことも、電話をすることも、恋してれば、もっと自発的に
すごく一緒にいたい、と思ってするはずですよね。何か違うんです。
今の僕は義務感にかられて、そうしてる気がするんです」

可憐は枝毛をつまんでちぎっている。
「どうしたらいいですかね」
「清四郎の好きにしたらいいじゃない」
「それがわからないんです。きっと恋愛じゃない。でも、側を歩くことが嫌な程、不快な
わけじゃない。どうなんですか、可憐。このまま、ずっと付合っていて、いつか
燃え上がるような関係になるんでしょうか」
「さぁねぇ……。このまま言ったら清四郎が野梨子に対する独占欲が湧いて、他の男に
とられそうになった時、自分の気持ちに気づくかも知れない。そうじゃないかもしれない」
「どっちなんでしょう」
「わかんないなぁ」
わかっている癖に可憐はしらを切る。悩め、悩め。清四郎もたまには悩んだらいいのよ。
「可憐だったらどうします?」
「私? 私だったら、好きになった人としか付合わないなあ。好きかどうかわからない、
なんて気持ちがまずわからないわ、私には」
「可憐〜。それはないでしょう。真面目に考えてくださいよ、困ってるんですから」

148 :<暴走愛> 第2章(6):03/12/13 13:50
冗談っぽい口調ではあったが清四郎は本当に困っているようだった。
そんな彼が可哀想でもあり、おかしくもあり、可愛くもあり、可憐はもっと清四郎を
困らせてやりたくなる。
「そうねぇ、新しい恋をしてみるとか」
「また恋ですか。もう充分ですよ」
「清四郎は本当の恋をしてないからよ。恋をすれば、野梨子への気持ちもわかるんじゃない」
足を組みかえると制服がサラッと音を立てた。
そのまま清四郎の瞳をじっと見つめると、彼は少し照れて視線をそらす。
「全く言いたいこと言いますよね、可憐は。自分の発言には責任持ってくださいよ」

急に時計の音が大きく聞こえる。
清四郎は初めて生徒会室に二人きりだということを意識したようだった。
急に咳払いをし、新しいコーヒーを注ぎに立ち上がる。
可憐の中に悪戯心が芽生えていた。じっと清四郎の背中から視線をそらさず見つめ続ける。
彼は見られていることを少し意識しているようだ。コーヒーを注ぎ終わっても、しばらく
黙って背中を向けている。やがて、そっと振向いた時、可憐がずっと視線を送り続けて
いたことに気づき、目に見える程たじろいだ。
「……可憐?どうしたんですか?」

清四郎の瞳の中に不思議な色が見え隠れする。
今は渾沌として判別がつかないその色が、ある日突然鮮やかに色付くのを可憐は知っている。
あとはほんのちょっと後押ししてさえやれば。
だが、可憐の中にある一片の良心がそれを押しとどめる。
後先見ずにその渦に飛び込むには、私は年を取り過ぎたわ、と19才の可憐は考えた。
一方の清四郎は訝っていた。この突然巻き起こった焦燥感は何だろう?と。

それが何なのか清四郎が悟った時、全てはもう始まっていた。

続く


149 :名無し草:03/12/13 17:16
はうー、あまりにも素敵すぎて読後に溜息しかでません(w

文章が綺麗でとってもすきです
作者さんがんばってください

150 :名無し草:03/12/13 17:26
>暴走愛
ずっと気になっていた可憐と清四郎の過去が
読めて嬉しいです。
野梨子には気の毒ですが、恋知らずの清四郎が
うまく描写できてるなぁと思いました。
可憐とはどうなっていくんでしょうね。
自分のことでもないのに、ドキドキしてしまうw

151 :名無し草:03/12/13 22:22
>クリスマス・イブの過ごし方
冬の寒い空気が伝わってきそうな描写が本当に素敵ですね〜。
読んでてすごく心が温まりました。
こういうほのぼの系のお話って意外にあまり多くないので、嬉しいです。

>暴走愛
おお!2章は清×可メインなんですね!
私もこの二人の過去が気になっていたので、続きが楽しみです。
読んでいてすごく引きこまれる文章で、本当に好きです。

152 :名無し草:03/12/13 22:53
>暴走愛
これがどーしてああなっちゃったのか…
2人とも可哀想だよう。
授業中に泣き出す野梨子に萌えw

153 :名無し草:03/12/14 01:18
清四郎の恋愛となると、必ず野梨子が当て馬っぽく
扱われるんだなあ・・・
原作の幼馴染・曖昧な関係という設定上しかたないのかな。


154 :名無し草:03/12/14 02:43
>153

>1
> ■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう

155 :名無し草:03/12/14 15:27
でも清四郎の恋愛話では、野梨子はやっぱり欠かせない大事なキャラだと思う。
たとえそれが当て馬っぽいポジションでも野梨子の使い方で話がグンと面白くなる。

嫌な人もいれば面白いと感じる人もいる。
作者さんたちには自分の考えた妄想ワールドを遠慮なく繰り広げていただきたい。

読み手である私も苦手なカップリングは遠慮なくスルーしてますんで。
(ってこれは余計な一言だったか・・w)

156 :ホロ苦い青春編 魅×野 清×可:03/12/14 15:49
>128さんの続きです。

清四郎はゆっくりと襖を開け、静かに中に入り、野梨子の枕元に腰を下ろした。
天井をぼんやり眺めている野梨子をそっと見下ろす。
「具合はどうですか?少しでも何か口にしましたか?」
「ええ、もう大丈夫ですわ。先ほど、母さまが用意してくださったおかゆもおいしく
 食べられましたし」
野梨子は、傍らの清四郎に視線を移した。
こうやって清四郎を見上げるのは初めてではない。
野梨子が体調を崩して学校を休むと、清四郎は放課後に必ず見舞いに来てくれ、学校での
出来事や連絡事項などを話してくれた。
「清四郎、学校はどうなさいましたの?」
「サボりました。一日くらい、いいでしょう」
清四郎はニコリと微笑んだ。
いつもと変わらない穏やかな笑顔なのに、どこか有無を言わさぬ雰囲気を漂わせている。
仕方なく、野梨子は喉元まで出かかった言葉を胸の奥に押し戻した。
「でも野梨子、今回は本当に心配しましたよ」
黙ったままの野梨子を見つめながら、少し真面目くさった表情で清四郎は言った。
「季節の変わり目は、ちょっとした油断が大事につながりますからね。まあ、今回は
 肺炎とか引き起こさずに済みましたけど、次からは無理せず救急病院へ行くか、
 僕に電話してきてくださいよ」
清四郎は念を押しながら、魅録への怒りが沸々と湧いてくるのを感じていた。
自分なら絶対、病院に連れて行ったのに。
もし、魅録の素人判断で、野梨子の容態が抜き差しならない状態になっていたなら……。
清四郎の頭の中に、重態の野梨子と側で力なくうなだれる魅録の様子が浮かんでくる。
野梨子の気持ちがどこにあるのかわかっているけど、魅録では、安心できない。
「野梨子、僕は…」

中途半端ですが、続きお願いします。

157 :名無し草:03/12/14 15:53
まあでも好きなキャラが当て馬的扱いを受けて嫌だと感じる気持ちは
分からないでもないな。
野梨子スキーさんは、それだけ清四郎の恋愛時に野梨子は無視できない
存在なんだと考えれば少しは嫌な気持ちも薄まると思うのだけどどうだろう。

ちなみに私は苦手なカプはないが、苦手なシチュに関しては見えた瞬間に
スルーしてますんで、作者さん達も好きにやってください。w

158 :157:03/12/14 15:55
あら、変なところに入ってしまった。
せっかくホロ苦の続きが来てくれたというのに…。
>156タンすいません。

159 :名無し草:03/12/14 16:30
>暴走愛
手をつないで観覧車に乗る魅録と野梨子に萌えw
なんか初々しくて良いなぁ♪

魅録が名前しか出てないのに、かなり存在感あって
これからどう絡んでくるのか楽しみ。


>ホロ苦
作者タン続きありがと〜
野梨子きっと襦袢姿とかで寝てるのよねw
熱で潤んでたり、少し寝乱れてたりしてw
行け〜清四郎!押し倒せ〜!!

160 :檻(84) :03/12/14 16:50
>>72の続きです。

「しばらく日本にいない間に」
青洲は、愛用のキセルでポンポンと灰吹きを叩き、再びキセルに葉を入れた。
「お隣は、大変な事になってるね」
普通にタバコを吸うのも良いが、やはりタバコはキセルが良い。趣きがある。
「そうですねえ」
野梨子の母は、入れたての熱い玉露をゆっくりと青洲に差し出す。
「野梨子はどうしてるのかね?」
今朝――。
ニューヨークでの個展がやっと終わり、久しぶりにゆっくりと我が家のお茶漬けでも
食べようと、青洲が心をはやらせながら帰ると、家の周辺が大変な事になっていた。
家を間違えたかと思い、引き返そうとしていたら、妻の弟子達が慌てて出てきて
事情を聞くと、隣に住んでいる清四郎が財閥令嬢と結婚するという。
「特に変わりはありませんわ」
「君は、落ち着いているね」
野梨子の母は『ふふ』と微笑み、少しだけ顔を傾ける。
「清四郎さんは、どこにも行きませんわ」
「ほう」
青洲は、動じない妻に目を見開き、少し驚いた仕草を見せる。
「言い切るじゃないか」
自らにもお茶を入れ、野梨子の母は少し遠くに目線を移す――。
「彼は――清四郎さんは、心の在り方が他の人と少し違うだけですわ」
「ふむ」
わかっているのかいないのか、青洲は二、三度軽く頷く。
野梨子の母は、何の変哲も無く、いつも通りに微笑む。
「それだけの事です。
何の問題も――ありませんわ」


161 :檻(85) :03/12/14 16:51
「まーったく、どーいう神経してんのかしらねぇ」
テーブルの上には、豪華に彩られた結婚式の招待状が3通、置いてある。
「あたし達はともかく、悠理や野梨子まで呼ぶなんて」
可憐は信じられない程、馬鹿でかい招待状を手に取る。
見開きの大学ノート程もあると思われるその招待状の表紙には
中央に大きく『寿』と書かれてあり、左右にはこれまた大きく、鶴と亀が描かれている。
「見せつけたいんじゃないの、僕達に。あのお嬢様の考えそうな事だよ」
美童は、悪趣味な招待状を再びテーブルに置き、溜息をついた。
「どうする、行くの?」
「う〜ん、野梨子が行くって言ってるしなぁ・・・」
まさかそんな辛いイベントが行われる場所に、野梨子一人を行かせるわけにはいかない。
「あたいは行くぞ!!」
威勢のいい声に振り向くと、特攻服を着て腰に手を当てた悠理が仁王立ちで立っていた。
「・・・ちょっとあんた何よ、その服は」
足元まである長く真っ黒い特攻服には、所々に金色で大きく刺繍が入れてある。
「結婚式に、これ着てくんだよ」
得意げに語る悠理の背中には、襟元から膝のあたりまで
余すところ無くデカデカと『有閑倶楽部解散』と入っている。
前は前で『友情消滅』『裏切厳禁』『正義参上』『喧嘩上等』など様々な言葉が刺繍されていて
どの角度から見ても、恥ずかしいことは請け合いだ。
「うっわぁっ・・・これって特攻服だろ?こんなのがまだ売ってるんだぁ・・・」
最早、絶滅したかと思われた特攻服がまだ存在している事に、美童は驚く。
「かっこいーだろ! 特別に注文したんだぞ」
この特攻服は、招待状が届いた日
『永遠の宿敵、兼六財閥の敵陣に乗り込むのにそんな恥ずかしい格好だけはお止めくだされ!!』
と、泣きながら止める五代の反対を押し切って作らせた涙の一品だ。


162 :檻(86) :03/12/14 16:52
「わりぃ、遅くなった」
魅録がどさどさと荷物を抱えて、部室に入ってきた。
「わ――何なの? 一体」
山のようにある荷物を、テーブルの上にどさりと置く。
「ん――ちょっとな、野梨子は?」
「委員会。清四郎がいないでしょ?だから代わりに。今日は多分、顔見せる暇ないだろうって」
「そっか、なら都合がいいな――ん?」
そこで初めて魅録は、特攻服を着ている悠理に気が付いた。
「おーっ! なっつかしいなぁ、特攻服じゃねーか」
悠理は『へへ』と言いながら、くるりと後ろを向き、バックの文字もアピールする。
「ちょっと魅録、何とか言ってやってよ、悠理ったらこの格好で結婚式に行くって言うのよぉ」
可憐の言葉に、悠理は拳を握り締め、反論する。
「これはなぁ、あたい達を裏切った清四郎へのラストメッセージだ!」
『んも〜』と渋りながら文句を言う可憐の手に、魅録が持ってきた荷物が当たる。
「ん? これなぁに」
手に当たった物は、1cmにも満たないサイコロのような物だった。
「サイコロ・・・じゃないよねぇ、賽の目が無いし。何だろ」
美童も手に取る。黒い立方体のそれをコロコロと転がしてみたが、何も起きない。
「おー、気を付けろよ。それ、爆弾だからな」
魅録が、持ってきた荷物を整理しながら忠告する。
「へー、爆弾なんだ・・・・・・ええっ!?バッ、バクダンーーっっ!!」


163 :檻(87) :03/12/14 16:52
「ぎゃあああぁぁぁぁーーーー!!」
3人が、ドタドタとドアの向こうに隠れる。
「なっ、何だ、何なんだよっっ!!どーしてそんなもん持ってくるんだよぉ!」
「そーよっっ! もし爆発しちゃったらどーすんのよぉ!」
可憐と美童がぎゃあぎゃあとわめく。
「なぁ――それってどんぐらい吹っ飛ぶの?」
悠理がドア越しに、顔だけ出して恐る恐る聞いてきた。
「どれぐらいだと思う? この大きさの割には、結構吹き飛ぶんだぜ」
魅録は、ニヤニヤと笑いながら爆弾を指先で回す。
「たっ、体育館1個分くらい・・・?」
『結構』と言われたので、予想より随分大きい範囲を言ってみる。
「あ〜、残念! 『1個分』は合ってるんだけどなぁ。正解は『東京ドーム1個分』でした〜」
「ぅうわあああぁぁぁぁーーーー!!」
今度は叫び声が遠ざかって行く。
魅録がドアを開けると、遥か彼方、廊下の向こうに3人が隠れている。
「おーい、大丈夫だって。ちょっと動かしたくらいじゃ爆発しねぇから」
悠理の背中に、可憐と美童が張り付きながらゆっくり戻って来る。
「ほっ、ホントに大丈夫だろーなっ」
「大丈夫だって、こいつは特殊な爆弾だから単体じゃ爆発しない。
爆発させるためには、他にパーツが必要なんだよ」
「そんな事、どうでもいーよぉ。そんな物騒なモノ、どーするんだよ!」
美童が、涙ながらに訴える。
魅録は爆弾を人差し指で跳ね上げ、手のひらでパシッと掴みながらニヤつく。
「式場を――爆破するんだよ」


164 ::03/12/14 16:53
本日はここまでです。
ありがとうございました。

165 :名無し草:03/12/14 16:58
>これ、いただくわ
タイトルだけ見て、可憐のお買い物日記かと思ってしまった(w

>ホロ苦
堂々と学校をサボる清四郎がイイ。あんだけ頭良ければ、そりゃ
一日や二日、学校サボっても支障ないしねー(w

>クリスマス・イブ
そろそろほのぼのした話も読みたいなーと思ってたところだった
から、非常に気持ち良く読ませていただきました。
清×野の恋愛だと、やっぱりほのぼのムードが似合うと思って
しまう。

>暴走愛
可憐の心理状態がとっても気になります。

>檻
五代の反対を押し切ってまで作らせた特効服に笑いました。
魅録は爆弾作っちゃうし、これからどうなるんだろう?ワクワク。

166 :名無し草:03/12/14 17:09
>檻
私も特攻服にハゲワラ。
しかも悠理なら着てても全く違和感無さそうだし。
檻作者タン、こういうの上手いですね。
しんみりムードの清×野とは対照的に、他メンバーのこういう
掛け合いが何気に面白くて好きです。皆生き生きしてるし。

167 :名無し草:03/12/14 17:51
>檻
悠理の特攻服カコイイ!!
笑うどころか萌えました。

>暴走愛−野梨子当て馬論
蒸し返してスマソですが、
野梨子・清四郎双方に言えることですよね〜。
絶対ぶつかっちゃう壁というか、なんというか…。
だからこそ面白いって気もする。

>ホロ苦
「僕は…」僕は何だーーー?!清四郎!!
続きが気になってなりませぬ。

168 :名無し草:03/12/14 19:36
>檻
メンバーへの感想は他の人が書いてるのとダブるので。
野梨子両親の雰囲気がいいですね。
野梨子の落ち着いた佇まいはお母さん譲りだったのかw

169 :名無し草:03/12/14 19:39
>檻
悠理の特攻服ほんとーにカッコイイ。
野梨子ママの余裕のムードも、美童と可憐の
爆弾へのビビリかたも全てが大好きです。
大大大ファンです!!

170 :ホロ苦い青春編 魅×野・清×可:03/12/14 22:59
>>156さんの続きです

僕は・・・。寸でのところで清四郎は唇を噛みしめた。
昨夜一晩中考えていた。野梨子とのこれまで。そしてこれからを。野梨子が幸せならそれでいい。そう思った。
これ以上傷付くのもいやだった。本当にそれでいいのか?可憐の言葉も頭を駆け巡った。
そして清四郎は決意したのだった。『野梨子を取り戻す』と。
でも今はまだ言わない。今言ってしまえば野梨子は僕を拒み、もう僕の元へは帰ってこないだろう。
言ってしまえば野梨子は魅録のものだ。野梨子の気持ちは知っているがまだ勝負は着いていない。
「清四郎?」野梨子がおずおずと小首を傾げて清四郎を見やる。
 大丈夫ですよ、野梨子。今はまだ言いません。心の中でそう呟いた。
「僕は野梨子専属の主治医みたいなものですからね。いつでも何でも言ってくださいよ」
 清四郎はいつもの優しい笑顔に戻った。よかった。私と魅録のこと認めてくれたのですね。
「ええ、ありがとう。清四郎は私のお医者様ですものね」野梨子はほっと胸を撫で下ろした。
清四郎が言葉を飲み込んでくれたことがありがたかった。
と同時に一連の騒動で清四郎に随分心配をかけてしまったことが悔やまれた。
自分がもっと素直になれていたら・・・。
「さあ、もう少し眠ったほうがいいですよ。明日学校に行けるようでしたらまた迎えに来ますから」
「はい」野梨子は安心しきった様子で目を瞑った。清四郎が上掛けを整えてくれた。
「お休みなさい」二人の声は図らずと重なったがその思いはかけ離れていた。 


171 :ホロ苦い青春編 魅×野・清×可:03/12/14 23:01

そのころ可憐は自分の感情が定まらないことに苛々していた。
授業中も片手で額を支えボールペンで意味なくノートに螺旋を描いていた。
なんで清四郎のことがこんなに気になるのだろう?
あいつってば長らくの友達じゃない!しかも野梨子のことを諦め切れてないのに!
考えれば考えるほど更に苛々してノートの落書きが大きくなった。
「ふぅ」大きなため息をつくとペンが止まった。こんな気持ちって・・・。
「もしかしてあたし・・・」半ば気づきかけていた自分の気持ちにどっきりして、
思わず教室の窓に映る自分の姿を確かめた。


どなたか続きお願いします。


172 :名無し草:03/12/14 23:03
>檻
メンバーの言動がすっごくよくて大好きです。野梨子ママも
きっとこんな対応するんだろな〜なんとなく野梨子に似てるし。
>ほのぼの〜
何度も読んじゃいました。こーゆー短編が最近すくなかったので
楽しかったです。とってもプラな2人に萌え萌え。

173 :<暴走愛>:03/12/15 01:09
<暴走愛>うpします。
ダークなので、苦手な方はスルーお願いします。
清×可です。

174 :<暴走愛> 第2章(7):03/12/15 01:09
>>148

あの頃のことを思い返しても、どうしてあんなことをしたのか可憐にはわからない。
確かに、危険だと思ったはずだった。進んではいけないと自らをたしなめたはずだ。
純粋な恋ではなく、胸の中に多分によこしまな気持ちがあったから。
少しからかってやりたかったのかもしれない。
降ってきた『恋』という災難に彼がどう対処するか見てみたかったのかもしれない。
少し野梨子に嫉妬していたのかもしれない。
女とはそういうものだ。例え自分が幸せでも、他人の幸せが妬ましいのだ。
ましてや、少し人恋しい時には。
少し惹かれてたのかもしれない、彼に――。
あの頃は否定してたけど、もしかしたらそれが一番大きな理由なのかもしれない。
だから、私はこっそりと足を出して、真直ぐに道を歩いていた彼を転ばせたのだ。
19才の夏、根っからの恋愛人間だった可憐は意識せずに、巧妙に罠を仕掛け始めた。

「じゃあね〜、お二人さん、ばいばーい。ホテルに寄り道しちゃだめよ〜」
「可憐ったら、やめてくださいな、もう!」
野梨子は真っ赤になって叫ぶと、それでもいそいそと清四郎と帰路についた。
ドアが閉まる瞬間、清四郎がちらっと可憐に意味ありげな視線を送ってよこしたが
可憐は無視する。爪やすりを出して鼻唄を唄いながら爪に磨きをかける。
美童はそんな彼女の様子を興味深そうに見守っていたが
「ずいぶんご機嫌だね、可憐」と話しかけてきた。
長い睫毛を上げて可憐は傍らの美童に微笑むと「まあね」と答えて再び爪を磨いだ。
そんな可憐に美童は(また新しい相手ができたんだろう)と思ったが何も言わなかった。
魅録が窓を開けると、むっとした熱気がエアコンの効いて涼しい室内に入り込んできた。
悠理の抗議の言葉にも答えず魅録はじっと下を見下ろしている。
大方、清四郎と野梨子が手をつないで帰るのでも眺めているのだろう、と可憐は思った。

そういえば。「さっきは忘れてたけど」数学の宿題で清四郎に教えてもらいたい
ところがあったわ。今夜あたり電話して聞いてみようかしら。

175 :<暴走愛> 第2章(8):03/12/15 01:10
「いや、そうじゃなくて……、そう、いや、えっとですね、えっ、今からですか?
もう風呂に入った後なんですが……わかりましたよ、行きますから」
清四郎はため息をついて受話器を置くと、部屋から参考書や筆記用具を用意して
バッグに入れ、身支度を整え、まだ濡れている髪を適当に後ろにかきあげた。
母に声をかける。
「ちょっと、○○駅のファミレスまで行ってきます」
あわただしく靴を履いて出ていった弟の後ろ姿を和子が見送った。
「なによ、あいつ。いそいそ出かけちゃって、デート?」

ふと清四郎は子どものように駆け出している自分に気がついて、恥じた。
パン屋のガラスに映った我が身を見てチェックする。
かきあげた前髪はバラバラと落ちてきて、いかにも風呂上がりといった様子だった。
肌もぴかぴかで剃り上げた顎はツルンとしている。
清四郎は念入りに顔をチェックしている自分にまたまた気づくと、密かに顔を赤らめた。

可憐は早々とファミレスにつくと、入り口が見渡せる席について清四郎が来るのを待った。
やがて彼が入ってくる。思っていたよりも、ずっと早く。
無意識に可憐はにんまりした。清四郎はキョロキョロと店内を探している。
可憐は清四郎が自分を見つけるのを待った。
ようやく、清四郎の目がじっと自分を見つめる可憐の姿を捕らえた。
ぱっと彼の顔が輝いた、ような気がした。
かなり多めの前髪が額に下りて、清四郎はそれはそれは可愛らしく見えた。

可憐の前に座ると、たちまち清四郎は眉をひそめた。
「何飲んでるんですか、可憐」
「まずいワイン」
「何やってるんですか、酔っぱらったら勉強わからないでしょう」
「あら、少し位飲んだ方が頭に入るんだから」
はぁぁぁと清四郎は本気でため息をついた。

176 :<暴走愛> 第2章(9):03/12/15 01:11
一時間程のち、清四郎はシャープペンシルを置いた。
「可憐、はっきり言います。あなたの理解力のなさは悠理を抜いている」
「ごめ〜ん。おかしいなあ。」
「もう帰りましょう。これ以上やっても酔っぱらいでは意味ありませんから」
清四郎は席を立つと伝票を持ってレジに向かった。
あららら、と可憐もあわてて席を立つ。
店を出ると清四郎は振り返りもせず、ずんずん歩いていく。
「待ってよ、ごめん、ごめんてば、清四郎!」
「不真面目な人は嫌いです」
その言葉に思わず可憐は清四郎の腕をぐいっと引っ張った。
清四郎が足を止めて可憐を見る。可憐の瞳の奥を覗いて彼女の真意を探っている。
ええい、ままよ。
「ごめん、清四郎。あたし嘘ついたの。実は聞いてほしいことがあって……」
清四郎が瞬きをした。

「あたし、実は好きな人がいるの」
女がよく使う手を可憐も使うことにした。清四郎はまじめに聞いている。
「でも、なかなか伝えられなくて……どうしたらいい?」
「相談する相手を間違えてるんじゃないですか。恋の相談だったら僕より美童でしょう」
「そうだけど……清四郎に聞いてほしくて」
清四郎はそれで?と即す。
「すごく似てる、清四郎に。顔も背の高さも喋り方や頭のいいところも。それで、あたし
清四郎見てると堪らなくなっちゃって――」
「可憐……」
涙を堪える芝居をしていた可憐は顔を上げた。
まっすぐな瞳が可憐を射抜く。清四郎は少し照れて言った。
「すみません――ちょっとイライラしてたもんで」
「ううん、いいのよ、ごめん。私が酔ってたから怒ったんだよね。変なこと言い出して
ごめんね」


177 :<暴走愛> 第2章(10):03/12/15 01:11
帰路、駅で別れるまで清四郎は言葉数が少なかった。
可憐はすっかり酒も醒めて(元々ほとんど酔ってなかったが)、ぶらぶらと歩き出す。
そんな可憐に誰かの影が並んで歩き出した。清四郎だった。
「家まで送りますよ」
「いいわよ、歩いて帰れるし」
「送ります」
そう言い切ると黙って歩き出した。可憐の左隣で清四郎の空の手が揺れている。
可憐はそっと彼の手に指をからめた。
清四郎は一瞬、緊張した表情を見せたが、そのまま手をふりほどくこともなく
真直ぐ前を見据えて歩いていく。
黙って二人は手をつないで夜の街を歩いている。

もうすぐ可憐の家に着こうという頃、可憐は清四郎の手をひっぱった。
「もう少し散歩していこう」
「……いいですよ」
応えた清四郎の目は少し虚ろだった。

左に折れると早々と閉めた店が立ち並び、街灯が足下を照らし出していた。
だが、しばらく真直ぐ歩いて右に折れると、街灯も少なく暗闇が並んでいる。
突然、可憐の手が離れ、彼女が立ち止まった。
「可憐」
彼女は返事もせず、黙って清四郎の顔を見ている。
「どうしたんですか、可憐」
呼びかけたが、可憐は動かない。清四郎が彼女の元へやってくると手を取った。
「行きましょう」
だが可憐はやはり歩き出そうとはせず、意味ありげに微笑んだ。
柔らかな髪が豊かに彼女の輪郭を縁取っている。
清四郎は何気なく手を伸ばして彼女の髪をなでた。指を髪の中に差し入れて梳いた。
何か言いたそうにうつむいた。

178 :<暴走愛> 第2章(11):03/12/15 01:12
「可憐……僕は今……その」
「……うん」
「どうしたらいいかわからない……」
肩を落として大きく息を吐いた。清四郎は切ない顔をしている。
可憐は清四郎の両手をとって焦らすように揺らした。
「どうしたいの?」
「……いや」
「もしかして変なこと考えてる?」
「……少し」
「悪い子ね、生徒会長」
「可憐、これから僕がすることを、内緒にしてくれますか?」
前髪に隠れた生徒会長の瞳は困ったように笑っている。
「いいわよ」

清四郎は可憐の頬に手を当て、おずおずと自分の顔を近づけ、可憐の唇に口づけた。
静かに彼は彼女の唇を味わった。可憐の唇は夢のように甘く、吸うと目眩がした。
この唇には毒がある。それも依存率の高い、常習性の強い毒だ。
と、清四郎はその毒を何度も味わいながら考えていた。

この口づけが、裏切りに向かって走る列車だと、そして、その後の二人の運命を
大きく変える運命の扉だと、清四郎は、そして可憐はわかっていただろうか。
黒髪の美しい小柄な友人を裏切ってでも、手に入れなければならない程、
この時、二人はお互いに求めあっていたのだろうか。答えは否である。
清四郎にしても、可憐にしても、初めは戯れの一種に過ぎなかった。
そのためか彼らの間に罪の意識は無きに等しい。
いつの日か二人は思い出すかもしれない。
もしかしたら、今日僕らが憎み合うのは、あの日の罪ゆえか、と。
最後まで野梨子を裏切り通した、あの罪ゆえか、と。

続く

179 :名無し草:03/12/15 08:57
>暴走愛
いよいよ盛り上がってきましたね。昼メロ昼メロうひょひょ〜
もう毎回毎回見逃せません。どうなるの〜

180 :名無し草:03/12/15 13:30
どうでもいいけどとりあえずsageようぜ・・・

181 :名無し草:03/12/15 19:16
>暴走愛
いやあ、はまってます。第2章に入って、いろいろなことがだんだんと明らかに
なっていくのに、わくわくしながら読んでます。この時の清四郎は、まだ、
うぶな青年だったのね。

182 :名無し草:03/12/15 19:16
>暴走愛
昼メロだからどんどんこじれるのが当たり前なのに
そのたびに胸がきゅんとします。可憐がとても綺麗。

183 :Sway番外編 (10):03/12/15 20:41
>103の続きです。

「美童、あいつも、相当苦労してるようだな」
窓辺から外を見ていた魅録が、漂ってくるコーヒーの薫りにつられてテーブルに近寄ってきた。
4つあるカップのひとつを取って、ソファに横座わりする。
「でも、蹴りのひとつも入れないところをみると、悠理も嫌ってわけじゃないみたいなのよね」
可憐は冷蔵庫からミルクを取ってきて自分のカップに並々と入れ、カフェオレにする。
野梨子は残りのふたつを持って清四郎にひとつ渡し、もうひとつに砂糖とミルクを入れて
かぎ混ぜている。
可憐と魅録の様子に、悠理が迷いながらも前に進もうと決心したことは、とりあえずは
話すまいと思っている。
美童もそうだが、何よりも悠理がいつになく真面目に向き合っているのである。
冷やかしやからかいは無用の長物でしかない。
「ねえ、野梨子も清四郎も何か聞いてないの?」
可憐が話を振ってくる。
魅録と仲直りしてからというもの、以前のミーハーな部分が戻ってきている。
「僕は何も知りませんよ、可憐」
新聞から目を逸らさず、清四郎が言った。
そして野梨子の方をチラリと見る。
「野梨子、今日はお客様が来られるとか言ってませんでしたか?時間大丈夫ですか?」
「あっ、そうでしたわ。母さまの代わりに迎えに行かなくてはいけませんの。それでは、
 失礼しますわ」
清四郎の意図が読めた野梨子は、本当は何の用事もなかったのにさも急いでいるかのように
立ち上がり、慌てて生徒会室から出て行った。

184 :Sway番外編 (11):03/12/15 20:43
「さっきはすみませんでしたね。いきなりあんなこと言ってしまって…」
その日の夕方、野梨子は借りていた本を返しに清四郎の家を訪ねた。
玄関口に出てきた清四郎は、本当にすまさなそうな表情をしている。
「いえ、助かりましたわ。可憐の誘導尋問をかわすのは大変ですもの」
清四郎の気分を和らげようと、野梨子はニッコリと微笑んだ。
事実、好奇心に駆られた可憐からのらりくらりと逃れるのはかなり難しい。
そんなことを器用にやってのけることのできる人物は、目の前の男しかいないと思う。
「それに、私、清四郎は気付いていると思ってましたもの。車の音も聞こえますし」
「ええ、まあ。ここらは本当に静かですから」
その、どこか遠まわしな、それでいてさりげない配慮を感じさせる清四郎の口調に、
野梨子は、清四郎が変わったと思った。
もちろん、いい方にである。
これまで、沈着冷静で常に理路整然とした言動を取っていた清四郎には、魅録や美童に
比べて気配りとか思いやりといったものの比率が少なかった。
それが、自信過剰とか高慢とか人を見下しているという他人の評価に繋がっていた。
しかし、倶楽部のメンバーと出会ったからか、純粋に人を想うという経験を経たからか、
それともその両方のお陰か、清四郎は確実に変わった。
「…でも、今まで気付かない振りをしてくださってありがとう」
野梨子は清四郎に向けて本を差し出した。
だが、すっと伸びて本を受け取るはずの清四郎の手がなかなか来ない。
「清四郎?」
「あっ、ああ、すみません。確かに受け取りました。…他に何か興味があるのかあったら、
いつでも言ってください」
清四郎はぎこちなく手を出してようやく本を受け取る。
本が自分の手から離れたのを見て、野梨子はちょうど2階から降りてきた和子に会釈して
去っていった。

185 :Sway番外編 (12):03/12/15 20:46
「あんた、野梨子ちゃんだったら上がってもらえばよかったのに」
野梨子の姿がドアの向こう側に完全に消えた時、横から和子が清四郎に声をかけた。
下駄箱を開けてブーツを出すところを見ると、これから出かけるらしい。
「野梨子ちゃんもね、そんなにそっけなく帰らなくても……」
清四郎に聞かせるというわけでもなく言い続ける和子に、清四郎はひとり苦笑いする
しかなかった。
それこそ、生まれたときから野梨子を妹のようにかわいがってきた和子の気持ちは
わからないではないが、気軽にお互いの家に上がりこめる時代はとうに終わっている。
清四郎の場合、裕也の出現がその考えに最後の仕上げを施したといえる。
そして今、その程よい距離感にお互いが満足している。
「清四郎、何ボーっとしてんの。母さん出かけていないから、あんたが留守番だからね。
……清四郎、聞いてるの?」
「聞いてますよ。で、母さんに聞かれたら、何と言っとけばいいんですか?」
和子の声に我に返った清四郎は、要らぬ突っ込みをされる前に何食わぬ顔をして行き先を
尋ねた。
和子に恋人らしき人がいるのは、ここ最近の言動を見てなんとなく気付いていた。
「友達とご飯食べに行くって。それだけでいいわ」
それだけ言ってしまうと、和子は背筋をピンと伸ばして出て行った。

END


186 :Sway番外編:03/12/15 20:49
今まで、ありがとうございました。

187 :名無し草:03/12/15 21:18
>Sway番外編
登場人物の温かい視点が印象的でした。最後の和子さんの退場もしまってて
いいですね。連載終了お疲れ様でした〜。新作お待ちしております。

188 :名無し草:03/12/16 08:35
>Sway
綺麗な文体とても好きでした。清四郎かっこいいですね!
連載お疲れ様でした!私も新作楽しみにしています。

189 :名無し草:03/12/17 11:30
可憐さんが読みたいです…今全部読み返してきた。

190 :名無し草:03/12/17 12:58
>暴走愛
第2部、すごい。
ちょっと意地の悪い可憐、はまっていく清四郎に引き込まれます。
続きを待ってます!

191 :<暴走愛>:03/12/18 01:22
<暴走愛>うpします。清×可です。

192 :<暴走愛> 第2章(12):03/12/18 01:23
>>178
「あまり混んでなくてよかったね。どういうふうに座る?」
学校帰りに有閑倶楽部の六人は話題の映画を観に出かけた。
クジ引きの結果、前列の中央に悠理が座り、その右に美童、左に野梨子、
後列には右から可憐、清四郎、魅録という席順になった。
パンフレットや飲み物も買って落ち着いた頃、スッと魅録が席を立った。
野梨子の肩を叩いて立つように促す。
「席代わってやるよ、清四郎の隣がいいだろ」
悠理と美童からブーイングの声があがった。
「それじゃあクジ引きの意味ないじゃん!」
外野の声には耳を貸さず魅録はさっさと前の列に回り野梨子の席に座った。
パンフとバッグを抱えた野梨子は恥ずかしそうに顔を赤らめたが、そっと後ろを向いて
清四郎の顔を伺う。彼が微笑んだので野梨子はほっとして、後列に移った。
前の席では魅録が悠理に小声で散々罵られている。
「馬鹿なやつ。なんでわざわざ席まで代わってやるんだよ。アホ」
「うるせーな、ほっとけよ!」

映画は中国の悲恋ものだった。
強欲な夫に虐げられたヒロインが、愛人と泣く泣く別れるシーンに差し掛かると
館内のあちらこちらから、すすり泣きの声が響く。野梨子も思わず涙を零し、
あわててハンカチで拭った。その時、野梨子の背後では悠理と魅録が仲良くイビキをかいて、
美童から横目でにらまれていた。
清四郎は肘掛けに置いた右手の上に、滑らかでひんやりとした可憐の左手が重なるのを感じ、
胸の鼓動が高鳴った。頭を動かさずに視線だけで可憐を見ると、
彼女はすました顔を正面に向けている。清四郎は左側の野梨子の様子も伺った。
野梨子は再び零れた涙を慌ててハンカチで押さえたところだ。
清四郎の異変には何も気づいていないようだった。
前にいる友人達がよもや振向きはしまい、と考えた清四郎は
自分の右手を可憐の手の中から引き抜き、上から彼女の手をぐっと握りしめた。
そして白く長い指と指の間に、自分の指を割り入れ、絡める。
少し顔を左に向けて、男の緊張した面持ちを見た可憐は、思わず微笑した。

193 :<暴走愛> 第2章(13):03/12/18 01:24
映画に集中していた者もそうでない者も、腹は同様に減るようだ。
静かなところがいい、という野梨子や、お洒落な店がいいと主張する美童の意見は
あっさり無視して、悠理はお茶漬けがうまいという居酒屋にさっさと入っていった。
古いがこざっぱりした座敷に通される。
長押の上に飾られた芸能人やプロレスラーのサイン色紙を眺めながら宴会が始まった。
酒と料理が回り出すと、居酒屋に文句を言っていた野梨子や美童も饒舌になる。
ご機嫌な仲間たちをよそに、清四郎は先程の手の意味を考えている。
あの手の持ち主は少し頬を赤くさせて、陽気に騒いでいた。
美童の笑い話に大きな声を立てて笑い、店員を呼びつけては明るい声で注文を告げる。
「清四郎?どうかしたんですの?」
突然野梨子に呼び掛けられ我に返った。大きな黒い瞳が訝しそうに彼を見ている。
野梨子は当然のように清四郎の隣に座らされていた。
少々酔いが回ったのか、正座こそ崩さないものの、とろんとした顔つきになっている。
心配そうな清四郎の顔を見て微笑むと、怪しい足つきで立ち上がる。
「ちょっと失礼」
そう言いながらよろけて襖に手をついた。見かねて清四郎が立ち上がると、すかさず
悠理が「よっ、ご両人!」と口笛を吹いた。
仏頂面を作ってみせた清四郎の視線の先に、黙って日本酒を口に運ぶ可憐の姿がある。

あちらこちらにふらつきながらも、野梨子は非常に幸せそうだった。
ちらちらと清四郎を振返りながら、その度ににっこり笑う。
「もう大丈夫ですわ」
と入った先は紳士用トイレだった。中に入った瞬間、酔いが醒めたらしい。
ぎゃっと言って飛び出すとトイレの外で待っていた清四郎の腕にしがみついた。
「野梨子はそそっかしいですね」
からかう清四郎に少しふくれ面をしたが、そのまま清四郎の胸に顔を埋めて背中に腕を回す。
「清四郎、私、幸せですわ。本当ですのよ。どんなに私の心が満たされているか、
清四郎に開けて教えてあげたいぐらいですわ。……ありがとう」
清四郎は腕の中の少女を見下ろした。小さな肩が儚げに揺れている。
そんな彼女を支えるように、腕を回す。傍目には抱きしめているように見えるだろう。

194 :<暴走愛> 第2章(14):03/12/18 01:25
野梨子に腕を回した清四郎の視線の先に、可憐がいた。
可憐はポーチを手にし、唇にうっすら微笑を浮かべて近づいてくる。
すれ違い様、清四郎の肩をポンと叩くと化粧室の中へ消えた。
清四郎が振返ると反動で前後に揺れるドアしか見えなかった。

ポーチの中からアトマイザーを取り出すと、胸元に向けて一押しする。
シュッという音と共に噴出されるオードトワレを浴びる。
長く豊かな髪を前から後ろへ跳ね上げる。
マスカラと口紅を取り出すと、手慣れた、しかし優雅な手つきで化粧直しを始める。
 仲間と飲んでいるのに化粧直しなんて。誰か見せたい人でもいるの。
皮肉な笑いが込上げてきて、唇がプッと音を立てた。

たっぷり時間をかけた化粧直しが終わり、化粧室の外に出ると、
廊下を清四郎が歩いてくるところだった。
彼は可憐の前に立つと、様子を見るように可憐の顔をじっと見る。

「野梨子は?」
「座敷で寝てます」
そう、と答える暇もなく抱きしめられた。
清四郎は素早く唇を重ねてくると、可憐の唇を削り取るように二回吸った。
それからすぐに体を離し、唇についた紅を手の甲で拭う。
照れたように笑い、戻って行った。

可憐は肩をすくめると、再び口紅を直すために化粧室へ戻る。
鏡でどの位、紅が落ちたのかチェックすると、満足そうに笑みを浮かべた。
鼻唄を唄いながら、再び口紅を取り出した。

195 :<暴走愛> 第2章(15):03/12/18 01:25
少し横になった野梨子は気分が持ち直したようだった。
終電を過ぎても若者の街は活気づいて、まだこれから一遊びしようという者たちが
あふれ返っている。大通りに出てタクシーを拾おうとした面々は、人の流れに逆らって
歩くうち、友人達とはぐれたことに気づく。
「あれっ、おーい?可憐?清四郎?美童ー?」
悠理が大声を出したが返答はない。魅録が三人の携帯を鳴らしたが、喧噪の為
着信音が聞こえないのか、誰も出なかった。野梨子が眠そうなのを見て、魅録は
キラキラと輝くホテルのネオンを見上げて言った。
「眠そうだな、野梨子。ちょっと休んでくか?……冗談だって、悠理」
魅録は悠理に蹴りを入れられて呻いた。
三人がタクシーに乗り込み去った頃、
美童は運良く雑誌モデルの子とお知り合いになり、ちゃっかりホテルのバーに座っていた。

そして清四郎と可憐は――。

肩を組んだ酔っ払い達がゆるやかな坂道を登って行った。
清四郎は何気なく可憐の肩に手を回し、酔っぱらいから遠ざける。
「どうやらはぐれてしまったみたいですね。僕らだけでタクシー拾って帰りましょう」
くすっと可憐が笑う。
「帰るの?」
清四郎は思わず可憐を見た。すました顔。憎らしい程、美しい。零れしたたる程の色香。
こんな言葉が口をつく。
「……どこか行きますか」
「そうね、どこかで飲み直したいわ」
「わかりました、いい店を知ってますからそこへ行きましょう」
可憐は清四郎の腕に手をかけると、首を振った。
そして坂の一番頂上を指し示す。
「ね、あの店行かない?ちょっとしたイベントがあって面白いみたいよ」

196 :<暴走愛> 第2章(16):03/12/18 01:26
坂道を登り切ったところに大きな白亜のレストラン・バーが立っていた。
しかし、清四郎は黙って坂道の両脇を眺める。
『ファッションホテル・シエスタ』『ほてるサンロード』『ホテル三村』etc.
恋人たちの休憩所が惨然と輝いていた。
「どうする?」
あきらかに可憐はふざけている。
――調子に乗っていると痛い目に会いますよ。
「わかりました、あそこに行きましょう」

清四郎は可憐と腕を組んで、坂道をわざとゆっくりと登り出した。
『ホテル・フォールインLOVE』
可憐がちらっと男の顔を伺う。
『ホテル 大島』
清四郎もすました顔で両脇には目も暮れず坂道を登っていく。
『プリティー・ウーマン』
あまりにもすました顔が逆におかしくて、可憐は笑いを噛み殺していた。
『不夜城』
もう、頂上は目の前だった。可憐は身体の力を抜く。

刹那、清四郎は可憐を脇のホテルに引きずり込んだ。

197 :<暴走愛> 第2章(17):03/12/18 01:27
『リオ』

長いキスをした。待ち構えていたように舌が絡んでくる。
ホテルの正面フロントの自動ドアの前に、ここをくぐる恋人達が少しでも人目につかない
ようにと、往来との間に目隠しの壁が立っている。
可憐と清四郎はこの壁の後ろに立っていた。
まだ勇気が出ない女と先に進みたい男が揉めるのは大抵の場合、ここだ。
清四郎は唇を離すのを惜しむように、唇を合わせながら、言葉を紡ぐ。
「怒ってますか……?言ってください、嫌なら嫌と」
可憐は清四郎の唇を受け止めながら、もったいぶって睫毛をあげる。
「嫌じゃ無いけど……心の準備ができてないわ」
これを聞いて、ますます清四郎のキスは激しさをます。
「じゃあ、今、してください……」
「準備には時間をかける方なの」
清四郎は恨みのこもった眼差しで可憐を見つめた。彼の瞳の奥で炎が燃え上がっている。
「ひどい人ですね、可憐は……。あんなに煽っておいて、なんだか僕だけが夢中にされて
いるみたいだ」
可憐の手があやすように清四郎の頬を撫でる。
「そんなことないわ。ただ、成りゆきで寝る女と思われたくないの」
「そんなこと思いませんよ」
清四郎は熱のこもった瞳で可憐に流し目をし、可憐の手を取ると手のひらに口づけた。
「もう少し時間をちょうだい。 清四郎だって私とそんな関係になったらきっと後悔するわ」
「後悔しません」
「熱が引いて冷静になったらあんたの事だもの、馬鹿なことをしたと思うに決まってる」
「絶対に思いません」
「ちょっと、清四郎」
少し呆れて可憐は、この長らく友人だった生徒会長を見上げた。
彼は驚いたことに少々我を忘れているようだった。瞬間、可憐は鋭い痛みを胸に感じる。
こんなふうに貪欲な目で見られたのはいつ以来だろう。

「……好きなんだ、可憐」

198 :<暴走愛> 第2章(18):03/12/18 01:28
可憐は一呼吸すると、ため息をついた。
「参った。いいわよ、清四郎。負けたわ」
清四郎は声も出さずに可憐を抱きしめる。その腕の中で可憐は、だが、こう告げた。
「ただし条件があるわ。一つ、絶対に後悔しない事、一つ、今までの私達の関係を
変えない事、一つ……」
「まだあるんですか」
瞬き一つせずに可憐は清四郎を見つめた。
「一つ、絶対に本気にならない事」

清四郎は苦笑した。
「……難問、ですね」

やがて二人はドアの奥に消えて行った。

あの時のことを思い返すと可憐は、昔に出かけて行って、愚かな自分に教えてやりたい気持ち
になる。
三つの条件を守れると本当に信じていたなんて、恥ずかしい私。
いわく、後悔しない。
いわく、変わらない。
いわく、本気にならない。

『ああ……可憐。もう守れない気がします……僕は……本気になってしまいそうだ』

清四郎。
もしも守れたらあんなに私達は苦しまなかったのに。
どれ一つとして守れなかった。愚かな私。愚かな私達。
いわく、後悔しない。いわく、変わらない。いわく、本気にならない。

信じていたなんて。全く。愚かしい。

続く

199 :名無し草:03/12/18 01:53
>暴走愛
…はまりました。泣きそうです。可憐が切なくて…
未来が分かっている分だけ切なさが倍増です。
カキコしてもう一回読みます。

200 :名無し草:03/12/18 02:57
>>140
好きなカップリングがあればあるほど嬉しいけどなぁ。

清×野はかなーり大好物なので、嬉しいっす。


201 :名無し草:03/12/19 10:08
>暴走愛

メインの清四郎と可憐も凄く雰囲気が良くて好きでつが
脇の魅録がとても存在感あって、男らしくてメロメロでつw
席を代わってあげたり、ホテルで介抱wしようとしたり。

完結したら、ぜひぜひ、魅x野xドイツ人の
ドロドロハーレクイン番外編キボン


もうすぐクリスマスでつね〜
美童メインの甘〜いゴージャスな話も読みたいな〜

202 :名無し草:03/12/19 11:19
私も暴走愛に、すっかりはまった一人です。

>201
魅x野xドイツ人のハーレクイン番外編!

み…みたい!!叶う物なら最後は魅x野ハピエンドで。
作中の魅録はかっこよくていじらしいし、野梨子も
かわいい! ドイツの野梨子は辛い経験を乗り越えて
素敵な大人の女性になっているものと妄想…そこに
魅録が現れて、とか。

203 :名無し草:03/12/19 12:02
魅×野にしちゃうのねw

204 :名無し草:03/12/19 17:07
まあ妄想は人それぞれですからね。

205 :名無し草:03/12/20 20:05
ホロ苦の続きキボンヌ

206 :名無し草:03/12/21 01:55
「クリスマス・イブの過ごし方(清×野)」を書いた者です。
ちょこっとおまけの話をうpします。
ですが、野梨子は登場せず、清四郎と和子の掛け合いです。
苦手な方はスルーして下さい。
4レス頂きます。

207 :クリスマス・イブの過ごし方 おまけ話1:03/12/21 01:56
大分平静になった野梨子を家に送り届け、清四郎は自宅の門を潜った。
「ただいま」
玄関に入り、靴を脱いでいると、家人の帰りを知らせる門の開閉音が
カチャンと響く。
玄関扉を開いて帰還してきたのは、清四郎の姉、和子だった。
「ただいまー・・・
あら、あんたも今帰りなの?」
「そうですよ」
「ふうん、高校生は気楽よねぇ。
夜遊びも程々にしなさいよ」
早速清四郎にキツイ洗礼を浴びせながら、和子はスマートにパンプスを脱ぐ。
「あら、それ何かのチケット?」
えっ!?と思ったときにはもう遅かった。
清四郎のコートのポケットから、あの小さな封筒がチラリと顔を出していたのだ。
それはチケット会社の封筒そのままだったので、見る者が見れば
直ぐにわかってしまう代物だった。
「ええ、そうですよ」
清四郎は、努めて平静に答えた。
彼の第六感が【危険信号】を感じている。
何が危険なんだかわからないが、突込みが激しい姉が相手となると
油断出来ないのが常である。
要は肝心なところ"だけ"誤魔化すのが最善だ。

208 :クリスマス・イブの過ごし方 おまけ話2:03/12/21 01:57
「オペラでも観に行くの?」
「いえ、ディナーショーですよ」
「あんたがディナーショーだなんて、珍しいわねぇ。
また"いつものメンバー"で行くの?」
「野梨子とですよ」
「まー、ツルまないなんて事もあるのね。
ディナーショー、ね。
時期からすると・・・ クリスマスの?」
「・・・ええ」
そこまで聞くと、和子はニヤリと笑った。
"小悪魔のような"という表現がピッタリ当て嵌まるような・・・
姉の変化に清四郎はドキッとする。
彼の中の【危険信号】がチカチカと点滅し始めた。
勿論、清四郎はポーカーフェイスを保っていたのだが。
「・・・で、部屋はスイート? いや、この時期は混むからジュニアでも上々だわねぇ」
事情を深読みしたらしい和子の発言に、清四郎は(そんなことか)と安堵する。
やましい事を画策している訳ではないので、怯むことは無い。
「近場なんですから、ハネたら帰ってきますよ。
多分、遅くなっても夜10時にもならないでしょう」
それまで、まるで自分事のようにワクワク気分で聞いていた和子は、
清四郎の台詞に呆れ顔になった。
「あのねぇ、あんた本気で言ってんの?」
「僕はいつでも本気ですが」
しゃあしゃあと答える清四郎に、和子は掴み掛かる勢いでまくし立てる。

209 :クリスマス・イブの過ごし方 おまけ話3:03/12/21 01:58
「甘い! 甘いわよ、清四郎!!
女の子はね、多少強引でも誘いを待ってるもんなのよ!
特に野梨子ちゃんみたいな奥ゆかしい女の子は、絶対に自分から言い出すなんて事しないんだから!
ぼやぼやしてるうちに他の男に持ってかれるわよ!」
「はぁ・・・」
「野梨子ちゃんの為なら、私フォローしてあげるわ!
私の持ってる情報を、あんたにやっても良いわよ」
清四郎は姉の饒舌さに圧倒されていたが、言葉を浴びせられているうちに理性を取り戻してきた。
コホンとひとつ咳払いをすると、和子に向き直った。
「そうですか。
では"実際には"どの館が良かったんですか?
参考までに聞かせて貰いましょう」
にっこり笑って訊ねる清四郎の言葉に、和子はグッと詰まった。
(くっ! さっきまで大人しかったのに、可愛くないわね!)

210 :クリスマス・イブの過ごし方 おまけ話4:03/12/21 01:58
余裕の笑顔を浮かべる清四郎と言葉に詰まる和子の所へ、天からの救世主のように母が現れた。
「あらあら、二人ともそんな寒いところで何をしてるの?」
彼らの帰宅の言葉を遠くに聞きながらも、なかなか居間に入ってこない子等に何事かと思った母が
様子を見に来たのだ。
「あ、お母さん、ただいま〜
清四郎ね、24日は外出してどこかに泊まる予定らしいわよ」
「 !? 」
虚を突いたゲリラ作戦に、清四郎は言葉が出ない。
「あら、そうなの。
まあ、夜遅くに帰るよりは安全だわねえ」
息子の放蕩壁(?)に慣らされている母は、疑うこともしない。
女二人で肩を並べて居間に入って行くが、瞬間、和子は満円の笑みを浮かべてパチッとウィンクした。
(清四郎、男になりなさい!)
「はぁ・・・
それが"フォロー"ですか・・・?」
呆然と立ち尽くし、言葉が続かない弟君であった。


その夜、清四郎が"今からでも予約できるクリスマスのお宿"をネット検索し、
夜明けまで吟味したかどうかは不明である。


          〜 終わり 〜

211 :クリスマス・イブの過ごし方 おまけ話:03/12/21 02:00

ありがとうございました。

212 :名無し草:03/12/21 11:00
>クリスマス
うん、いい!!こないだのより私はこちらが好み。
和子さんいい味出してますね。

213 :名無し草:03/12/21 11:25
>クリスマス・イブの過ごし方
和子さん(・∀・)イイ!!
私はどちらもほのぼのとした優しい話で大好きです。
和子さんと清四郎の掛け合いって好きだなあ。
清四郎、良いホテルが見つかるといいね。w

214 :名無し草:03/12/21 15:07
魅→野の短編うpします。苦手な方スルーお願いします。
事件もなにもありません。5レスいただきます。

215 :distance:03/12/21 15:08
初めて会った時、4年と少し前。

聖プレジデント学園の制服を着た、小柄な女の子が
なんだか難しげな顔で歩いてくる。
その子はあんまり綺麗で、目を奪われた。
知らず知らずのうちに立ち止まって、その後ろ姿を目で追った。
俺はその子の背中を眺めるのに夢中になっていたが、
その子はどんな考えに夢中になっていたのか、勢いのある歩き方のまま、
車道の方に踏み出した。
我ながらあの時は本当に素早かった。
その子の一歩目がアスファルトに触れる前に、俺はその右腕を取った。
驚いて振り向いた黒い、濡れた瞳。
その瞳との距離は、55cm。

「なになさるの、いやらしい! はなしてくださいな!」
清楚な外見にぴったりの、澄んだ声、上品な言葉使い、勝ち気な口調。
一転してしおらしく頬を赤くして、ごめんなさい、と言う、素直な愛らしさ。
中身が悠理のバージョンでなら何度も見てるのに、
あの制服があんなに白いっていうことを、初めて知った。
あの日奪われたのは、目だけじゃなかったのかもしれない。

216 :distance:03/12/21 15:08
『それが運命なら、神様はふたりを二度、出会わせる』
そんなことを言ったのは、ロマンティストの可憐だったか。
とにかくそれを聞いた時、じゃあ運命なんじゃないか、と思った。

その二回目、に彼女に会ったのがどこのクラブだったか、そんなことは憶えてない。
ただその店のきついはずの照明が、妙に霧がかったようにふわっと見えた。
それは初対面の二日後で、ただし彼女は一人じゃなかった。
彼女がそいつと一緒じゃないのは滅多にないことだと、その時は知らなかった。
どっからどう見ても完璧に釣り合いが取れてて、並んだ二人を見た瞬間、
彼女の存在を、俺は『永遠の憧れ』という位置に納めた。
好きになる前でよかった、と思った。
もう手遅れだってことも、その時は知らなかったから。

奴らと同じ高校に行こうと決めたのは、野梨子のせいじゃない。
その頃にはもう野梨子を含めて奴らをみんなファーストネームで呼んでたし、
奴らといることにすっかり馴染んでいて、そうすることはごく当然の流れだった。
それに、毎日顔を合わせることで『友情』や『憧れ』という感情が、
違う方向に動き出すかもしれないってことに、俺は全く考えが及んでいなかった。
また、そうなった時にどんなにくたびれるかも、考えていなかった。
中学生ってやつは、まったく浅はかだ。

それでも丸三年あまりの間、その浅慮を悔いることは一度もなかった。
その間に俺は野梨子のことをはじめよりずっとよく知り、ずっと好きになったが、
それは悠理や美童や可憐や清四郎に対しても同じことだった。
性格も趣味も考え方も全然違うのに、この上なくしっくりくる奇跡のような関係。
ダチは多い方だけど、それでもこいつらは特別だ。
こいつらのせいでなら、死ぬような目に遭ったってかまわないし、
こいつらだってそう思ってる、確認したことはないけど。
この上なく居心地がいいそこに、俺の席があるのが嬉しい。
それで充分だった。他に、望むものはなかった。

217 :distance:03/12/21 15:10
自分におこった物事を他人の責任にするのは趣味じゃない。
だけど、俺の奥で静かにしてた感情を引っ張りだしたのは、清四郎だ。

あいつがあの時、野梨子を怒らせなければ。
あの、アドベンチャークイズの時。倶楽部にとっても大きな事件だった。
いつもの軽口のつもりだったのだろうが、あれは言い過ぎだった。
『コンプレックスの八つ当たりは見苦しい』と。
あるいは、俺がすぐに取りなしてやればよかったのかもしれないが、
俺もまた腹を立ててしまった。
清四郎を前にして、コンプレックスを感じないヤツなんているか?
すぐにカッとなる野梨子の性格も、意地っ張りで素直になれない清四郎の性格も
知りすぎてるはずなのに、俺はその場を治めることができなかった。

しばらく、図らずも人ひとり分くらい野梨子に近付くことになった。
物理的に近くにいる人間が5分の2になったんだから、しょうがない。
『清四郎付きじゃない野梨子』は、表面的にはいつもと同じく聡く強気で、
でもどことなく頼りなく、ただでさえ細い体はやけに小さかった。

はじめは義務感だったと思う。
野梨子に何かあったら、清四郎に負けたことになると思っていたし、
体力もあり大らかな悠理に比べ、度胸と知識はあるが世間知らずで不器用な
野梨子は、庇護欲をかき立てられる存在だった。
香港でもローマでも、野梨子を見ていた。
どこでだったか、野梨子のことを、数年ぶりに綺麗だと思った。
―思ってしまった。もう、その考えを打ち消すことはできなかった。

けど、結局、野梨子は池月らに拉致された。俺はあいつを守りきれなかったわけだ。
俺じゃ駄目なんだと、自覚した。

218 :distance:03/12/21 15:10
日本に帰って元のように物理的には5分の1になったはずの野梨子の存在は、
その計算式をすっかり無視してしまっていた。
目を開けていれば見てしまう。目を閉じれば瞼に浮かぶ。
やっと俺は、中3のあの時、野梨子を初めて見た時から、
ちゃんと付き合った女がいなかったことに気がついた。
いや、まあナンパとかはしてたけど。
それでやっと、ずっと自分が野梨子に惚れてたんだと気がついた。
自分を利口だと思ったことはないが、こんなに馬鹿だと思ったのも初めてだ。

悠理と清四郎の婚約騒動の時には、やっぱり野梨子は清四郎に
惚れてるんだと思ったんだが。
それでもう一度、野梨子を諦めたんだ。

裕也と野梨子がどう出会ったのか、どう惹かれ合ったのか、よく知らない。
その恋は静かに終わって、野梨子はそれからしばらく沈んでいたが、
恋を知った彼女は、驚くほど美しくなった。
俺には、野梨子は相手が清四郎でなくてもいいんだ、ということがショックだった。
張り合う相手が清四郎だと決めつけていたから、始めから何をどうする気にも
ならなかったのに、その前提が急に崩れて、混乱した。
どうしたらいい? 恋愛なんかを、倶楽部に持ち込んでいいのか?
あれから、そればっかり考えてる。

219 :distance:03/12/21 15:11
今日も、いつもと同じ部室。柔らかい空気。
ここにいると、何年分かの記憶が自然と浮かび上がってくる。
俺の気持ちが、こんなに波立ってることには誰も気付いてないだろう。
メールをチェックする美童。アイライナーを引き直す可憐。
悠理に幾何の宿題を広げさせる清四郎。ぶぅぶぅ言いながら従う悠理。
ご贔屓の作家の新作に夢中の野梨子。
それぞれが好き勝手なことをしてるにも関わらず、絶妙にバランスのとれた空間。
野梨子は静かな微笑を浮かべている。
きっと野梨子もここにいるだけで満たされた気持ちになっているんだろう。
本に視線を落とす、その瞳との距離は、55cm。
初めて会った日と変わらない距離。
当たり前のように隣に座る野梨子の、ページをめくるその手を
いきなり取ったら、可憐は手鏡を落とすだろうか。清四郎は慌てるだろうか。
呼吸の度に少しだけ動く野梨子の、その小さな肩を、
いきなり引き寄せたら、美童は驚くだろうか、悠理はペンを折ってしまうだろうか。
そして野梨子は、どんな顔をして俺を見るだろう。

野梨子の睫毛がふと動いた。俺が見てるのに気付いて、その視線で俺の視線をとらえる。
小首を傾げて少し不思議そうに微笑む。
『なあに?』と唇の動きだけで問う。
その、紅い唇までの距離、

―― 0cm。

いつのまにか俺の手の中に野梨子の頬があり、野梨子の唇は俺の唇で塞がれた。
椅子がいくつか倒れるような音がした。
それでこれから、俺はこれから、どうする?

220 :distance:03/12/21 15:12
以上です。お邪魔いたしました。

221 :名無し草:03/12/21 18:53
>distance
イイ!!イイ!!イイ━━━━━(・∀・)━━━━━!!!!
続きが読みたいっ。


222 :名無し草:03/12/22 00:55
>distance
魅録の一人語り+しっとりモードが激しくツボでした。
これで終わりとは殺生な。私も続きをきぼんです。

223 :名無し草:03/12/22 15:52
>distance
イイ!イイっす!
衝動的になっちゃう魅録って、あんまりないよね。
ホントにこれからどうすんだ、魅録!

224 :名無し草:03/12/23 00:20
少し前に『いつか、きっと…』を書いていたものです。
今度は、同じシチュエーションを魅録&野梨子の一人称でうpします。
興味のある方は読んでいってください。
苦手な方は、さらっとスルーお願いします。

225 :名無し草:03/12/23 00:27
>>224
待ってるよーん
魅&野好きなんだよね

226 :サヨナラの代わりに (1):03/12/23 00:32
その夜、俺は何か言い忘れたことがあって、家に電話をかけた。

俺が悠理と結婚したのは、大学を卒業した直後だった。
何せ、高校の時からの付き合いだから、年こそそんなにいってなかったけど、これ以上
待たすと逃げられんじゃないかと冷や冷やしてたもんだ。
悠理本人は一度も結婚を迫ってきたことはなかったけど、悠理の抱える『剣菱』が全く
黙っちゃいなかった。
高校の時からでさえ、悠理には山ほどの縁談話が持ち込まれていた。
まして大学生になろうものなら、それらが約束のたぐいで留まるのではなく、具体的に
『いつ婚約して、いつ結婚する』のかというスケジュールの確定まで伴うものになって
いたのだ。
だから、試験に合格して仕事が決まり、勿論余裕の成績で卒業できるとわかったその日に、
俺は剣菱のおじさんとおばさんのところへ挨拶に行った。
おじさん達が、俺が剣菱に入るのを望んでいたのは何となくわかっていたが、悠理の気持ちが
俺にあったお陰でそのことはうやむやのまま結婚がOKになった。
あの頃は全てが上手くいっていて、それがこれからも続くと信じていた。


227 :サヨナラの代わりに (2):03/12/23 00:33
ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャガチャガチャ、ガチャ。
手が震える。
このドアを開けて悠理がいなかったらと思うと、何とも落ち着かない。
俺の当直の日に悠理が家にいないことなんてよくあることで、むしろひとりで家に
いられるよりも実家にいてもらった方が安心といえば安心だ。
なのに、この俺の、根拠のない動揺は何だろう。
カチャ。
やっと、開いた。
俺はノブを回し、扉を引っ張って開け、中に入る。
靴を脱ぎ、寝室まで行ってドアを半分ほど開ける。
悠理が、いつも通りの見事な寝相で寝ている。
それを見た途端、俺の心の中は、何事もなかったかのように平静さを取り戻した。
今の時間から悠理が起きて来るまで、最低でも2時間はある。
その間に、シャワーを浴びて服を着替え、洗濯と掃除を適当に済ませて朝飯作るとちょうどいい頃合になる。
ゆっくりと朝飯が食べられる当直明けは、そんなに悪いもんじゃない。

228 :サヨナラの代わりに (3):03/12/23 00:35
その夜、私は何か言い忘れたことがあって、夫が帰ってくるのを待っていた。

私が清四郎と結婚したのは、清四郎が大学を卒業して半年ほどたった頃だった。
私と清四郎はずっと幼馴染だったけど、清四郎はかつて悠理と婚約していたし、私は魅録の
友達の刈穂裕也さんを好きになったりで、清四郎とお付き合いするようになったのは大学に
入ってからだった。
だからと言って、私達の関係がすぐに、その、いわゆる世間様でいうところの大人の関係に
なったわけではなかった。
私にも清四郎にも戸惑いがあって、幼馴染であった頃の居心地のよさを抜け出るのに時間が
かかった。
でも、違う観点からじっくりと向かい合ってみると、清四郎以上に信頼できる男の方が周囲におらず、
良きパートナーとして清四郎と共に人生を歩んでいきたいという気持ちになってきたのだ。
私の両親も清四郎の両親も暖かく私達を見守ってくれ、ついに私達は結婚した。
あの頃は穏やかな結婚生活がいつまでも続くと信じていた。

229 :サヨナラの代わりに (4):03/12/23 00:37
カチャ、パタン。
清四郎がドアを開ける音。
それはとてもひそやかで、清四郎が私に気を使っている証拠。
私は真夜中の12時過ぎまで起きて待っていたが、これ以上起きていると明日に差し支え
そうなので一足先に寝ることにした。
なのに、返って眠れず、清四郎が立てる音をひとつ残らず聞き取ってしまう。
何故そこで、ゆっくりと起き上がって清四郎に一言言えないのか。
こんな時、ダブルベッドを拒んでシングルにしてしまったことを後悔する。
ふたつのベッドの間にある距離が、私を臆病にする。
この、根拠のない動揺は何だろう。
パタン。
清四郎が部屋を出て行ったらしい。
その音を聞いた途端、私の心の中は、何事もなかったかのように平静さを取り戻した。
段々と、眠くなってくる。
サイドテーブルの時計にチラッと目をやると、午前2時30分。
夜はまだ終わらない。

【続く】



230 :名無し草:03/12/23 01:17
>サヨナラ〜
いつかの〜魅録×野梨子サイドはどんな気持ちであったのかとても気になっていたので、読めて嬉しいです。
病院での清四郎と魅録の会話の真相も分かるのでしょうか?期待してます。

231 :名無し草:03/12/23 09:58
>サヨナラ〜
おーー。その会話気になってたんだよ。楽しみ!

232 :名無し草:03/12/23 17:29
>サヨナラの代わりに
おお〜、「いつか、きっと」の続編!
又、この作家さんの切ない世界に浸れるとは嬉しい限りです。
続きをお待ちしております。

233 :名無し草:03/12/23 19:51
>サヨナラ〜
作者さんの作品が恋しかったです!
また読むことが出来て嬉しいです。
野梨子と魅録の気持ちが知る事が出来て嬉しいな。


234 :名無し草:03/12/24 00:42
>サヨナラ〜
「いつか、きっと」にものすごくはまってたので、
別サイドの視点で読めるのはウレシイです。
清四郎と悠理のこと、二人は気付いていたのかな...とかも気になります。
続きを楽しみにしています!


235 :<暴走愛>:03/12/24 18:20
<暴走愛>うpします。清×可です。

236 :<暴走愛> 第2章(19):03/12/24 18:21
>>198
ゆるやかに二人の関係は続いていった。
あの時の、清四郎との関係を可憐が不満に思っていなかったかと言えば嘘になる。
可憐と一線を超えた後も、清四郎は野梨子とそのままつきあい続けていた。
それは可憐自身が強く希望したことであった。
あくまでも清四郎とのことは仮そめの行為であり、
深入りはしないと明言したのである。
可憐が常々口にしている「白馬の王子」は王族か貴族か、とんでもない金もちしか
当てはまらないと知っている清四郎は、割り合いあっさりと納得したようだった。

しかし、望んだこととはいえ、常に自分が一番でなければ気がすまない可憐にとって、
野梨子という正式な彼女に隠れてこそこそ会うのは性に合ってるとは
とても言えなかった。それにも関わらず、清四郎と逢瀬を重ねたのは
男友達というには親密すぎる仲でありながら、恋人ほど密着しておらず
ほどよく他人で緊張感のある関係を、実のところ可憐は非常に気に入っていたのである。
それに、口にこそ出さなかったが、清四郎の可憐を見る目は
非常に熱を帯びていて、それもまた、可憐の虚栄心を満足させる。

廊下で、教室で、校庭で、生徒会室で、帰り道で、顔を会わせるたび
たとえ野梨子が傍らにおり、彼女の手が自分の手とつながっていようとも
清四郎は可憐にしかわからない視線で合図を送ってくる。
それは、ひたむきで真摯で、かつ丁重なお伺いだ。
彼の瞳は問うてくる。「いつですか?」と。

対して可憐は野梨子に気をやりつつも、一瞬の視線で答えを返す。
「さあ?」

可憐は満足している。意地悪な自分に。あの清四郎を焦らしていることに。
だが、可憐は自分の気持ちに気づかない。なにゆえに彼を悩ませたいのか。
なにゆえに彼を傷つけたいのか。


237 :<暴走愛> 第2章(20):03/12/24 18:21
たまの逢瀬も可憐は時々すっぽかした。
約束の時間を過ぎてから清四郎の携帯に行けない、と連絡を入れる。
清四郎はかなり不機嫌になったが、可憐は平気だった。可憐には勝算がある。
再び誘えば必ず彼はやって来るし、焦らされた分ベッドでよく働いてくれるだろう。

北高の文化祭へ顔を出すことを、なにやら清四郎と野梨子が相談している。
一応、囲碁倶楽部に名を列ねている二人に北高の同好会から招待状が来たらしい。
どうも文化祭で交流試合があるので、参加して欲しいという内容のようだ。
野梨子は同じ日に少し遠い場所にある女子大の文化祭で、母の弟子が茶を点てるので
そちらに顔を出したいらしかった。
いつものように流れるような弁説で野梨子の反論は封じ込められ、
いつのまにか北高に二人で出かける算段を練っている。
清四郎に文句を言いながらも野梨子は笑っている。
無邪気な笑顔だ。美しく、汚れを知らない笑顔だ。

可憐は清四郎をじっと見る。
普段ならたちまち彼女の視線に反応して、恥ずかしそうに嬉しそうに
返ってくる視線が今日は来ない。
かたくなに清四郎は可憐に背中を向け、野梨子に一際やさしく微笑むと
その手を取って生徒会室を出て行った。

その日の午後、清四郎はごった返した北高の文化祭の人混みの中に、
波打った美しいロングヘアを見つける。
彼女は北高のアイドルらしい背の高い美少年と腕を組み、生徒たちの羨望の眼差しを
一身に受けて闊歩していた。清四郎たちを見つけると、手をふって合図する。
「あらあ。野梨子、清四郎」
可憐はアイドルにくっつくようにして、親密さをアピールする。
彼女の紹介に軽く頷いた清四郎は礼儀正しく挨拶しながらも、
その実アイドルの顔など見ていないようであった。
どことなくピリピリとした空気に野梨子が不思議そうな顔をした。

238 :<暴走愛> 第2章(21):03/12/24 18:22
「どうしたのよ、清四郎」
快楽の淵を行きつ戻りつしていた可憐は、突然清四郎が行為をやめたことに驚いた。
可憐の問いにも答えず、清四郎はベッドから立ち上がると
シャワールームに消えた。ほどなく激しいシャワーの音が聞こえてくる。
ため息をついて可憐は起き上がった。体はすでに溢れるほどに潤っている。

勢いよくシャワールームのドアを開けた。
たち上る湯気と激しいシャワーの音が可憐の裸身をつつむ。
湯煙りの向こうに清四郎が霞んで見える。
清四郎は壁にかけたシャワーヘッドに顔を向けている。
高圧の湯が彼の顔を叩いていた。

「清四郎」
呼びかけたが返事はない。
栓をひねってシャワーを止める。たちまち叩きつけるような音が消え、
頭からびしょ濡れになった清四郎だけが取り残された。
「どうしたのよ、清四郎」
清四郎は顔についた水滴を手で拭うと、濡れた前髪の間から可憐の顔を見た。
「……なんでもありませんよ」
そのまま可憐の体を引き寄せ、唇を重ねる。清四郎の体から水滴が可憐の頬に
したたり落ちた。口づけの途中で清四郎は目を開けた。
重ねていた唇を離すと、可憐の頬を親指でなぞりながら首をわずかに傾ける。
清四郎は何か言いたそうに唇を歪ませている。
だが、その唇は言葉を発することなく、再び可憐の唇と重なり合った。

ベッドに彼をいざなうと、可憐は快楽をねだって彼に向かって腕を伸ばした。
清四郎は淋しそうに笑うと、それでも再び情欲に駆られた男の姿に戻り、
彼女の上にまたがる。くり返される緊張と弛緩が産み出す悦楽を求め、
二人はただひたすら走り続けている。

続く


239 :悠理と清四郎 クリスマス編:03/12/24 23:18
悠理と清四郎 クリスマス編をうpさせていただきます。
悠理と清四郎 妄想スレ過去ログ16>>606
悠理と清四郎落書き編 妄想スレ過去ログ16>>801 です

240 :悠理と清四郎 クリスマス編 その1:03/12/24 23:19
「ちょっと待って、悠理。この財布よくな〜い?沢渡さんのイメージって
 感じ!」
ちょっと名の知れたブランドの財布が、可憐の手の中におさまっていた。
柔らかい茶色の皮で作られたその財布は30分後、老舗デパートの包装紙にくるまれ
赤いリボンをかけられていた。
「ごめん、ごめん、つきあわせちゃって。お礼にお茶おごるし。この上のリプトンでも
 行こうか」
はち切れそうな笑顔の可憐がご機嫌な様子で悠理の腕に手をかける。
悠理はこの今日び女子高生がやりがちな、女同士で腕を組むという行為が苦手だ。
ぱりっと腕をほどくと
「クリスマスシーズンにメンズ売り場に来るほど恥ずかしいことはないんだぞ」
とにらみを効かす。そして一言「飯。」とつけ加えた。
連日、デートで外食続きだった可憐は今日くらい家で食事をしたかったが、
悠理の鋭い視線に逆らえず、「はいはい」と首をすくめて見せた。

エスカレータに向かう間にメンズ小物の売り場を通りかかる。
時計にネクタイピン、カフス、男性用香水……。
ふと悠理が足を止めたので、可憐もつられて立ち止まる。
ショーケースの磨いたガラスの向こうに、ペンケースが並んでいる。
黒や焦茶、渋いグリーンの皮製のもの、銀色に光る金属のケース。
悠理はガラスに顔がくっつきそうなほど、食い入るようにペンケースを見つめている。
たまたま通りかかったデパートの外商担当が悠理の姿を見るや否や飛んできた。
「これは、これはっっ。剣菱のお嬢様ではありませんか!何かお入り用なものが
 ございますか?」
彼がかん高く大きな声を出したので、周囲に人垣ができてしまった。
可憐が恥ずかしさに顔を赤くしているのを余所に、悠理はケースの中を指さす。
「これ……。この小さい、茶色の皮のやつ……」
「承りました! この茶色のペンケースから右全部ですか?」
「いや、それだけで。それ一つだけでいい。それしか買えないし」
最後の小さなつぶやきを耳にした可憐は、思いきり「へ!?」という顔をした。

241 :悠理と清四郎 クリスマス編 その2:03/12/24 23:20
「バイトしたんだ、マクドで。一日4時間。……五代にばれて、二回しか行けなかったけど」
自分の顔以上もあるバカでかいステーキにナイフを入れながら、悠理は答えた。
そのバイト代―――六千円前後といったところか―――で何か買いたかったのだと言う。
その気になれば、このデパート丸ごと買えるほどの貯金があるだろうに、何でまた。
「自分の力で稼いだお金で買いたかったんだよ……」
悠理は奥歯にモノがはさまったような言い方をしている。
どうもはさまっているのは牛肉ではないらしい。

女の勘でぴんときた可憐は嫌な笑い方をした。
「ふぅーーん。そう。で、誰へのプレゼント?」
芝居の照明が切り替わるように、悠理の顔がバリバリと音を立てて赤くなった。
ものすごいスピードで肉をさばくと、掃除機のように肉を吸い込み出す。
「誰へのでもないやい。自分の、に決まってるだろ」
「ラッピングしてもらってるじゃない。金のリボンまでつけて、さ」
「だーーかーーらーーっ、じじじ自分にプレゼントなんだよ!」
自分にプレゼント、というフレーズがこれまた痒かったらしく、
一人で顔を赤くしている悠理が可愛くて、可憐は思わず微笑した。

これ以上は追求しないでやろう。鬼の目にも何とかだわ。あら、違ったかしら。
どうせ悠理のことだもの。そのうち、ボロが出て白状するでしょ。
でも―――
「ニヤニヤすんなよ、可憐」
「そぉかあ、悠理もついにそんな年になったのねぇ。なんだか、
 お姉さん淋しいわぁ」
「だからっっ。違うっつーてんだろっ。それに誰がお姉さんなんだよっ」
「んふ。恋の悩みだったらいつでも相談に乗るわよぉ」
「だれが悩むんだよ、だれが相談すんだよっ、だれが乗るんだよおっ」

242 :悠理と清四郎 クリスマス編 その3:03/12/24 23:21
腹も膨れ、満足した悠理は楊子を使いながら窓の外に広がる夜景に目をやった。
街はクリスマスイブを明日に控え、イルミネーションの煌めきに満ちている。
立ち並ぶショップから漏れる柔らかい光を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「クリスマスって淋しいよな」
可憐はぶーーーっと音を立てて吹出しそうになったが、
しごくまじめな顔を目の前の少女がしていたので、危うくこらえた。
大きめのワイングラスに注がれたイタリアワインに手を伸ばす。
「悠理は淋しいかもしれないけど、世の中のカップルたちはお楽しみの日なのよ」
もちろん、私もだけど、という言葉は飲み込む。

「そっか。でも、きっと誰かといっしょにいても、あたしは―――淋しいだろうな」
「悠理?」

初めから女と知っていなければ、美少年にしか見えない少女が憂いを含んだ表情で
白いテーブルクロスに頬杖をついていた。
ふだん、飲んで騒いで、バカなことばかりしている少女はそこにはいない。
可憐は不思議なものを見るように瞬きした。
しかし、それも一瞬のことだった。

数秒後、悠理は椅子に腰かけたままうぅーーんと伸びをすると、
ばきっ、ぼきっという音を立てて体中の関節を鳴らし始めた。

「なんかシリアスしたら腹へったな。おーーい」
力が抜けた可憐を余所に、雰囲気のいい店内に響き渡るような大声でウェイトレスを
呼ぶ。
「クリスマスケーキないの?」「は? ク、クリスマスケーキでございますか」
「そう、でかくてサンタさんが乗ってるやつ!」
元の世界に戻れない可憐にはかまわず、悠理は満面の笑みでこう言った。
「やっぱ、クリスマスっていいよな!」

243 :悠理と清四郎 クリスマス編 その4:03/12/24 23:22
「あ、ほんと。まだ連絡ないんだ。わかった。おばちゃん、何回もごめんね」
携帯を閉じると寒さをまぎらわすために、その場で足踏みを始めた。
5分もすると冷えきった身体がホカホカとしてくる。
目の前に、あいつの家があった。
あたし、何をやってるんだろう。
可憐と別れてから、かれこれ三時間。
なぜか、ここにいる。ずっと、ここにいる。
初めはちょっと顔見るくらいにしか考えてなくて。
そもそも、何でわざわざあいつの顔見なくちゃならないって話だけど。
まあ、それは置いといて。
でも、あいつはいなくって。
中学三年の時にクラスいっしょだったヤツの家にひさしぶりに遊びに行ってるらしく、
そして、いまだに行ってるらしく。しかも携帯を家に忘れてると来たもんだ。
そんでもって、ここまで来て手ぶらで帰るのも何か馬鹿らしくて、
意地でもあいつの顔見なきゃ、帰れないって自分の中で後に引けなくなってしまった。
それで、なぜか、ここにいる。ずっと、ここにいる。

三年の時はあたしもクラスいっしょだったし、名前聞けば誰のとこに
行ってるかわかる。五代にクラス名簿めくらせて、そいつの住所割り出して
乗り込めば済む話なんだが。
なぜだか、清四郎が会いに行ったヤツの名前聞けなかった。
男か女かも聞けなかった。
聞くのがこわいような気がした。
なんでだろ。
まあ、それは置いておいて。

やっべぇ、日付けが変わるじゃん。
これは、けっこうそういうことかも。清四郎もクリスマスは淋しくないってことだよ。
よかったじゃん。おめでとう。

244 :悠理と清四郎 クリスマス編 その5:03/12/24 23:23
……だから、もう帰れよ、あたし。いつまでもここで張り込んでて、
清四郎が誰かあたしの知ってる女と帰ってきたら、どうすべ。
そんなの、やだぞ。だって、あたし、こんな待ってて恥ずかしいじゃん。
よっぽど清四郎にあれみたいじゃん。
帰れよ、あたし、帰れよ。

その時、あたしの心の中のあたしがわめいた。
『いやだ! あたしは清四郎に会って帰る! ここまで待ったから絶対会ってから帰る!』

そんなこと言うなよお、あたし。
あたしだって会いたいよお。
清四郎に会いたいよお。会って話がしたいんだよお。
でも、惨めじゃん。誰かといっしょにいたら何かあたし、惨めじゃん。

『いやだ、いやだ! ぜったい会うんだ。会うまで帰らねえからな!』
……なんで、そんなにワガママなんだよ、あたし。
おまえ、あたしなのに、なんであたしの気持ちわからないんだよ。

あたしの目から勝手に涙が零れ出した。
あたしが泣いたのに驚いてか、心の中のあたしは叫ぶのをやめた。
代わりにそっと聞いてくる。
『帰ろうか?』

うん。あと、もう少し。
もう少ししたら、帰ろう。

245 :悠理と清四郎 クリスマス編 その6:03/12/24 23:24
その時。
あたしの耳に聞いたような靴音が聞こえてきた。
胸があたしに断わりもなくドキンドキン言い出す。
そのせいで呼吸が乱れて、白い息が夜の空気の中に細かく吐き出される。
やがて、道の向こうに現れた清四郎はコートにマフラーを巻き、鞄を持っていない
方の手をコートのポケットに入れて歩いていた。
背中をまっすぐに伸ばし、顔を上げて視線をやや落とし加減にしている
あいつの歩き方はすごく格好いい。

清四郎は家のすぐ近くになるまであたしに気づかないみたいだった。
だって、あたしは清四郎の姿が見えるとすぐ、電柱の陰に隠れてしまったから。
清四郎は家につくと、門扉を開けて中に入ろうとした。
その時、電柱の陰にうごめく怪しい人影に気づき、振り向いた。

「えっ……?」
あたしの姿を目にした清四郎は最初不審そうな顔でこちらに近づいてきた。
まさか、あたしがこんな夜中に自分の家の前にいるのが信じられなかったみたいだ。
あたしだって信じられない。
清四郎はいつも学校で会う時と同じ顔をしてるけど、長めのコートは
少し大人っぽくて大学生みたいだった。
近づいてあたしだってことを確認すると、あいつの目は信じられないほど
丸く、なった。
「悠理……? 何してんですか、こんなところで」

あたしは返事をする代わりに鼻をすすった。
さっきの涙が鼻に流れ込んできて、鼻から出そうだったからだ。
それから「へへっ」て笑った。
何で清四郎に会いたかったかって言うと、清四郎のこと見たかったのかもしれない。
あいつの歩き方や、声や、顔が……好きだから。

246 :悠理と清四郎 クリスマス編 その7:03/12/24 23:25
ポケットから例のペンケースの包みを出すと、清四郎に差し出した。
「これ、あげようと思って。メリークリスマス」
清四郎は黙って受け取ると、包みとあたしの顔を交互に見た。

早く開けろよ。気に入ってくれるといいけど。
清四郎が中々包みを開けないので、せかそうとすると、清四郎が切ない顔をした。
困ったようなうれしいような、少し疑っているような顔であたしを見た。
「待っててくれたんですか、こんな時間まで?」

そうだよ。
と答えようとしたら、なぜか熱いものが喉の奥から込上げてきた。
そして、声が出なかった。
清四郎の一言のせいで、あたしはすっかり変になってしまった。
代わりに体の中に水がたっぷんたっぷん溜まって、
口をきいたら零れてしまいそうだ。
だから、あたしは引きつった笑顔しか作れなかった。
でも、もう水はあたしの口を過ぎて、鼻も過ぎて、目の際まで到達していた。

清四郎が何か言おうとしている。
やめてくれよ、もう何も言うなよ。
やばい。お前が何か言ったら、あたし、あたしは……。
その時、あいつが優しい声でこう言った。
「ぼくのこと、待っててくれたんですか、悠理?」

あたしの目からどっと涙が溢れ出した。
それを清四郎は目を見張って見つめている。

だから言ったのに。お前が何か言うから言うから……あふれたんだぞ。
どうしてくれるんだよぉ。

247 :悠理と清四郎 クリスマス編 その8:03/12/24 23:25
「うっ」
「悠理……」

あたしは、みっともなく涙をぼたぼた零し、鼻水をだらだら流していた。
何か言いたくて口を開けるけど、喉の奥からは出てくる音は嗚咽にしか
ならなかった。
清四郎があたしにずっと近づいてきた。
「悠理。なんで泣くんですか?」
知るかぁ。知ってたら、こんなにピーピー泣いたりしない。
恥ずかしいからハンカチを貸してほしかったが、あたしは肩を震わすことしか
できなくて。
見上げると、ますます切ない顔をした清四郎は微笑むところだった。
「ありがとう。……メリークリスマス、悠理」

あたしの涙や鼻水がつくのも構わず、清四郎はあたしを抱きしめた。
清四郎のコートは清四郎の匂いがした。
あいつの胸は温かで、すごくあたしはほっとして涙も止まったけど、
清四郎の背中に腕を回しながら、でも、こんなことを考えていたんだ。

(クリスマスって淋しいよな。
 誰かといっしょにいても、やっぱりあたしは淋しいんだ)


そう、やっぱりあたしは、
やっぱりクリスマスは、
――――――淋しい。

あたしは、そっと瞳を閉じた。

<終わり>


248 :悠理と清四郎 クリスマス編:03/12/24 23:26
ありがとうございました。

249 :名無し草:03/12/24 23:36
>悠理と清四郎 クリスマス編
アップしたばっかりのところを読めてすごくラッキーな気分です。
悠理がかわいくて、切なくて、情景が目に浮かびます。
>あいつの歩き方はすごく格好いい。
って、ほんと、そんな感じ。
素敵なクリスマスプレゼントでした。
ありがとうございました。

250 :名無し草:03/12/25 00:16
>悠理と清四郎
ずっとこのシリーズの続きが読みたい読みたいと思っていたので読めて嬉しいです!
自分でバイトして得たお金で清四郎にプレゼントを買う悠理が健気で可愛いです。

251 :名無し草:03/12/25 00:40
>暴走愛
久々のウプが嬉しいです。
二人の関係がもどかしいですね。
このまま傷つけ合っていくんでしょうか・・・切ない・・・

>悠理と清四郎
上のお二人も書いてるように、悠理が可愛いですね。
あと可憐と悠理の掛け合いも面白かったです。
>どうせ悠理のことだもの。そのうち、ボロが出て白状するでしょ。
これとかもw

252 :名無し草:03/12/25 14:55
>悠理と清四郎
このシリーズ大好きです!ほんとにほんとに悠理が
可愛くて。ところで
>マクド
作者様は関西の方なのかしらw

253 :名無し草:03/12/25 18:35
>マクド
フランス人も「マクド」って言うみたいですよね(笑)
ちゃんと接客できたんでしょうか。
「そんだけで足りるのかよ!」とか言いそう?

254 :名無し草:03/12/25 20:39
>>253
> ちゃんと接客できたんでしょうか。
確かにW
二回しか働けなかったのは五代のせいばかりではないかもWW

255 :名無し草:03/12/26 00:05
>どうもはさまっているのは牛肉ではないらしい。
ワラタ。
悠理かわいいなぁ!

256 :名無し草:03/12/26 12:44
じゃ、ここらへんで小ネタをふります。
学園祭で有閑倶楽部のメンバーでバンドを組むことになりました。
全員ボーカルか楽器どれかを担当するとしたら・・・

悠理:ボーカル(でか声)
美童:キーボード(ピアノ経験あり)
野梨子:ギター(琴と同じ弦楽器・・・無理矢理?)
可憐:コーラス(はりきってます)
清四郎:ベース(黙々と弾きそう)
魅録:ドラム(他にできる人がいない)

ちゃんと学園祭まで演奏できるようになるかな?(W
曲は?「ちょうちょ」とか?(W

257 :名無し草:03/12/26 18:41
激しくロックで「サザエさん」を歌って欲しい。
そしてお馬鹿なところが可愛い悠理には
ぜひともお約束の歌詞間違い
「お魚くわえたサザエさん〜♪」
を一発やらかして欲しいw

可憐はマラカスを振りながらコーラスだな。

258 :名無し草:03/12/26 20:22
微妙にサンバアレンジとか。
可憐はブラジルで踊ったときのダイナマイトセクシーな衣装で一つヨロシク。


259 :名無し草:03/12/26 20:31
やつらは自分の弾きたい楽器しか手にしなさそう。
基本的にワガママだから。

野梨子は琴でもいいんじゃないでしょうか。
ハープというのもありかと思う。
あ、ハープは百合子さんだな。
美童は女を抱くようにチェロを弾くのもイイ。
魅録は着物着て津軽三味線。
もちろん激しくひきまくる。
可憐はダンスとバックコーラス。
悠理はメインボーカル。
で、間違えないように清四郎がプロンプター。
何気に万作さんがヴァイオリンを弾けたりして(笑)。
って、彼ら何のバンド?

260 :名無し草:03/12/26 20:45
あたしンちのOPを禿キヴォンw

261 :名無し草:03/12/26 20:51
>>259
> 美童は女を抱くようにチェロを弾くのもイイ。
いやん、ここ! めっちゃ萌えた!
「女を抱くように」くぅー、いいねぇ。
聴衆もすごいことになりそうだな。声援で歌が聞こえないかも。
見てぇーーっW

262 :名無し草:03/12/26 20:54
ちなみに魅録に三味線がありなら、和太鼓もいいかも。
もちろんモロ肌脱いでいただいて。
清四郎はサックスとか、くわえる系がいいなあ。
似合わないけど。くわえた口元が見たいん。


263 :名無し草:03/12/26 21:05
魅録の弾語りなんかも聞いてみたいなあ。
照れてできないかな?

264 :名無し草:03/12/26 21:11
悠理にBON JOVIのLiving on prayerを歌って欲しぃ

265 :名無し草:03/12/26 21:16
清四郎って、どんなジャンルの歌を歌うのだろうか・・・・・
髪振り乱して歌って欲しい。

266 :名無し草:03/12/26 21:18
>>264を読んでふと思ったんだけど。
悠理って「How do you do?」も「I'm fine, thank you.」も駄目じゃない?
ロック好きだけどどーやって歌詞読むんだろう。
全部カタカナのルビ振ってもらってるのかなあ。

267 :名無し草:03/12/26 22:19
だれかがルビ入り歌詞をすりかえて、変な言葉を悠理が連呼したら
楽しいな〜
 ……フォーリンインラブ ウィズ セイシロウ〜♪ とかね

268 :名無し草:03/12/27 12:16
↑だれかこの小ネタ、イラストにして〜
 絵師さんプリーズ

269 :サヨナラの代わりに (5):03/12/27 22:35
>229の続きです。

「おはよ、魅録」
寝ぼけなまこの悠理が起きてきた。
予想より1時間遅い。
既に洗濯も掃除も終わっていて、俺に到っては朝食も済ませてしまっている。
もちろん、テーブルの上には悠理の分を残しておいている。
「うーん、うまい、魅録」
俺が作った朝ご飯を、悠理は実に上手そうに食べている。
そんな悠理を、見つめるというでもなく見ているのが結構好きだったりもする。
一緒に暮らすようになってもう何年も経つが、悠理と一緒にいると飽きない。
「魅録、今日は千秋さん迎えに行くんだったよな」
「ああ、昼頃行くつもりだけど、お前もついてくか?」
俺のお袋は、家に、というより日本国内にいることが珍しい。
それに比べ、家に戻れば悠理がちゃんといる俺は全然ましだと思う。
「そうだな。…暇だから、ついてく」
箸をおいて俺に笑顔を見せ、コップに入った麦茶を一気に飲み干す。
それから、立ち上がって自分の皿とかを片付け始めた。
上げ膳据え膳で生まれ育った悠理が、こんなことを普通にしている。
俺に、文句の一つも言わない。

270 :サヨナラの代わりに (6):03/12/27 22:37
「おはよう、野梨子」
昼から出勤の時、清四郎は大概9時ごろに起きてくる。
例え明け方近くまで起きていても、私とすれ違わないようにそうしてくれる。
昨日はかなり遅くまで起きていたのだろうか、清四郎はまだ眠そうである。
「おはようございます、清四郎。ちょっと待っていてくださいな、今仕度しますから」
ちょうど洗濯機が回っている最中で、タイミングがいい。
清四郎は食べ物についてあまりうるさく言わないから、作る方としては楽である。
ご飯は炊飯器からよそって、お味噌汁の入った鍋を火にかける。
朝からガツガツ食べるわけではない清四郎の分を用意するのに、15分とかからない。
私はずっと前に済ませているから、清四郎が食べ始める頃には洗濯物を干しにいこう。
「お待たせしました。どうぞ、食べてくださいな」
「ありがとう」
朝食を食べながら新聞を読むのは、いつものこと。
それをいつだったか和子さんに話すと、『アイツ、未だにそんなことしてるの!』と呆れ
返ってらしたような。
でも、そんな清四郎を見るともなく見ているのが好きな自分がいる。
だから、その間はあんまり話し掛けずにいる。
私は、洗濯機の鳴る音が聞こえたので、台所を後にした。

271 :サヨナラの代わりに (7):03/12/27 22:39
「た・だ・い・ま、悠理ちゃん、魅録」
機内で散々飲んだらしく、出てきたお袋はすでに出来上がっている。
「千秋さん、大丈夫かよ」
足取りがあやしいお袋に変わって、俺が車のところまでカートを押していく。
「ねえ、時宗ちゃんは元気にしてた?」
そんなに気になるなら、もう少し日本にいればいいと思う。
親父は現役を退いたとはいえ、いろいろと付き合いがある。
それに、一緒に行っても親父は暇を持て余してしまうらしく、10回のうち3回ついて
いけば多いほうだ。
「一昨日、ウチの実家に来てて、とーちゃんと一緒に飲んでた」
お袋が転ばないように見守っている悠理が、俺の代わりに答えてくれる。
家政婦さんが休みの時、親父の様子を見に行ってくれるのも悠理である。
「そう、それなら今夜はあんまり飲まないようにしないとね」
お袋はあくまでも、あっけらかんとしている。
今日は、荷物の事を考えて実家から4WDを拝借してきた。
とっとと助手席に乗るお袋を尻目に、俺と悠理とで荷物を車に乗っける。
「あたい、カート戻してくるわ」
「サンキュ」

272 :サヨナラの代わりに (8):03/12/27 22:40
「野梨子ちゃん、新鮮な牡蛎を頂いたんだけど」
お昼頃、清四郎のお母様が発泡スチロールの箱を持って、白鹿の家にいらした。
清四郎の実家と私の実家は隣同士だから、何かあるとこうして来て下さる。
電話ひとつあれば自分から顔を出すつもりでいるのだが、私が白鹿の仕事で忙しくして
いるのに気兼ねしてか、滅多に呼び出すようなことはされない。
「すみません、いつもありがとうございます」
「清四郎と、早いうちに食べてちょうだい。今日中なら、生でも大丈夫よ」
私に箱を手渡した後、出て行きかけた義母を奥から出てきた母が呼び止める。
「菊正宗さん、よろしかったらちょっとお上がりになりせんか?」
世間一般の常識では、妻の母親というものは夫の母親に気兼ねするものらしいが、私の母は
全く変わらない。
「では、お言葉に甘えて」
そう言って、ごく自然に上がっていく義母も、私達が結婚する前から変わらない。
私は、ひとり箱を抱えて台所に行き、中身を確かめる。
とても、清四郎とふたりで食べきれる量ではない。
母の分と、それから今日詰めているお弟子さんに分けてちょうどいいくらいである。
忙しくなる前に、サッと手際よく取り分けていく。
奥から、ふたりの母の楽しそうな声が聞こえてきた。

【続く】


273 :名無し草:03/12/28 00:12
>サヨナラ〜
ん〜、魅録や野梨子側から見れば、それぞれいかにもいい感じの
夫婦だったんだな。
それが…。魅録たちにしてみれば寝耳に水、というか
災難だったなあ。ううう。続き待ってまーす。

274 :名無し草:03/12/29 22:04
年末で皆さんいそがしいのでしょうか。。
倶楽部の面々はどんな年末なのかしら。

275 :<暴走愛>:03/12/31 08:28
<暴走愛>うpします。清×可です。
ダークなので苦手な方はスルーお願いします。

276 :<暴走愛> 第2章(22):03/12/31 08:29
>>238
快感が高まると、呪文のように可憐がつぶやく。
「言っとくけど、本気じゃないからね」
その呪文が発せられる、ほとんどの場合において清四郎はかなり昂っていて
ただ熱線のような吐息を漏らすほかは、うなずいたりうなずかなかったり
聞いているかもわからないような様子だ。
自分の発した言葉が音も無く相手の男に吸い込まれていくのを見て、
可憐は満足して、再び燃えるような揺れに身を任す。
この呪文は相手の領分へ引きずり込まれないための、可憐なりの防衛方法なのだが
それでいて彼女は全くの安全地帯まで戻りたいわけではない。
ぎりぎりの危険な地に立って、引き込んだり引き込まれたりが楽しいらしい。

少し野梨子に対して後ろめたくはあったが―――いや、これは嘘だ。
野梨子のことを思うとき、可憐は自分の気もちが掏りガラス一枚へだてた
向こうにある気がする。
後ろめたい、野梨子に悪い、と強く思おうとした。
何て卑劣な女だと自分で自分を罵倒してみた。
そうでもしないと、清四郎への思いに歯止めが効かないような恐怖がある。
しかし、その恐怖が実感として確かに手元にあるのに、
野梨子に対するすまなく思う気もちはどこか遠く、はるか見えない場所にある。

私は野梨子に対して、何も悪いと感じていない。
だから、友人を一番ひどいやり方で裏切ることが平気でできるんだわ。
可憐はそんな自分に幻滅して、ため息をつく。
それにしてもなぜだろう。
こんなにも野梨子を可愛いと思うのに、彼女を慕っているのに
一方で彼女から清四郎をかすめ取ることに喜びを感じている。

それは、なぜ? 野梨子が幸せなのが妬ましいから? それとも寂しいから?
それとも?

277 :<暴走愛> 第2章(23):03/12/31 08:29
唐突にその時はやってきた。何の前ぶれもなく。

「言っとくけど本気じゃないからね」
何度目かに清四郎と重なった日、快感が増し始め、相手の名前を呼びたくなった時に
可憐は振り切るように、いつもの呪文を唱えた。
それに対して清四郎は一瞬激しい動きを止めると、
まじまじと可憐の顔を眺め、やがてこう言った。
「僕もですよ、可憐。僕も―――本気じゃない」

えっ、と問い返す間もなく、清四郎の唇が可憐の唇に重なり、激しく舌が交歓した。
本気じゃない舌は熱く、艶かしい。
滑るような彼の愛撫は、優しく激しく、いつも以上に可憐を乱れさせていく。
だが、彼はもうすでに彼の中で一つの決定を下していたのだった。

シャワーを浴びて部屋に戻ると、清四郎はすっかり身支度を整え、ベッドに腰かけていた。
可憐は黙って冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターを出して蓋を開けた。
ベッドサイドの椅子に腰かけると、待ちかまえていたように
清四郎が話し出した。
「今日で終わりにしましょう」

ごくん、と喉を鳴らして水分を取り込むと、可憐は息を吐いた。
清四郎と目は合わせない。
「終わりって?」
「このままじゃいけないですよね。このままつきあっていても何も進展しないし、
お互いの―――ためにならないでしょう。だから、」
一呼吸置いて清四郎はじっと可憐を見つめた。
「もうこうやって会うのはやめましょう。次からは又、友人として―――」
可憐は知らず歯を食いしばっていたらしい。ぎり、と音がした。
みぞおちが固くなって腹筋が悲鳴を上げている。
あっという間に怒りの蔓が可憐を覆い尽くし、体のあちこちから炎が噴き出した。

278 :<暴走愛> 第2章(24):03/12/31 08:30
「へぇ。終わりってことは何か始まってたのね、あたしたち。全然、知らなかった」
清四郎と可憐の視線が合った。
「いいわよ、あたしは別に。清四郎がそうしたかったらそうすればぁ? だって」
この怒りを誰に向けていいのかわからない。
「本気じゃなかったものね、お互い」
進展とか、お互いのためとか、そんなことを考えてあなたは私と会ってたの?
私を想う気もちが、私を欲しいと強烈にねだる何かが、こんな
あなたらしくないことをさせていたんじゃないの?
理性を超越してしまうほどの何かが。
可憐は内心、怒りに打ち震えていたが、そんなことはお首にも出さなかった。

清四郎はじっと可憐の様子を見ていたが、首を振ると唇の両端を上げた。
笑おうと努力しているようだった。
「そうですね。今度はお互い、本気になれる人と―――」
「清四郎には野梨子がいるじゃない」
ぴしゃりと可憐が遮った。
感情が抑え切れずに態度の端々から滲み出ている。清四郎は立ち上がった。

「可憐。これだけはわかってほしいんですが、けして、寝るためだけに
あなたに会いたかったんじゃない」
だから? 清四郎は矛盾している。本気じゃないって言ったくせに。
清四郎は濡れた可憐の髪に手を伸ばし触れようとした。
しかし、可憐がすっと身を引いたので、傷ついた顔をする。
「終わりでしょ。未練がましいことしないで。それとも、もう一度抱きたいの?」
せせら笑うような可憐の態度に、清四郎は悲しい微笑みを浮かべる。
「少しは寂しがってくれるかと期待したんですが、馬鹿でしたね」
冷たい可憐の態度に、やっと踏ん切りがついたようだ。
「可憐、あなたはやっぱり―――いや、やめましょう」
荷物を取ると清四郎はドアに向かう。寂しそうな表情を浮かべると少し振り返る。

「本気じゃないっていうのは嘘です。ですが―――さようなら、可憐」

279 :<暴走愛> 第2章(25):03/12/31 08:30
清四郎が別れを告げた次の日、可憐はとても学校に行くような気分ではなかったが
何とか定時までに校門をくぐった。
こんなことで、男に別れを告げられたくらいで、ダメージを受けていると
彼に思われたくない。
大丈夫、本気じゃなかったもの。
ほんの少し寂しかっただけ。ほんの少しぬくもりが欲しかっただけ。
胸は痛いけど、永遠にっていうわけじゃない。
自分に言い聞かせ、言い聞かせ、今日清四郎に会っても普通に接せられるよう
何度も頭の中でシミュレーションする。

昼の鐘がなると、勇気を出して生徒会室に出かけた。
もう一度、頭の中でシミュレーションし、思い切ってドアを開ける。
ドアの内側では魅録と悠理、それに美童が談笑していたが
清四郎の姿はない。それに野梨子も。

可憐の異変に気づいたのは美童だった。
ほとんど弁当に箸もつけず、さっきから仲間の話に笑ってはいるものの
あまり話を聞いていないようだった。
視線こそやらないものの、部屋のドアを非常に気にしている。
その時、ドアが勢いよく開き、清四郎と野梨子が入ってくると、
大きな箱をどさっとテーブルに置いた。
「戦利品ですよ。手入れで没収された我々の私物を取り返してきました」
歓声が起きた。皆、我先にと箱から私物を取り出している。
嬉しそうな皆の様子に清四郎と野梨子は目配せして笑った。
ふと、清四郎と可憐の目が合う。
可憐は無意識に清四郎の瞳の奥を探った。
清四郎は可憐に、一瞬微笑み、それから視線をそらした。

出て行こうとする可憐に美童が何か呼びかけたが、彼女は振り向きもせず出て行った。

280 :<暴走愛> 第2章(26):03/12/31 08:31
教室につくとすぐに、可憐は自分の鞄をつかみ飛び出した。
自分でも信じられないほどのスピードで、校内を走る。
苦しかったが走り続けた。急に巻き起こった激情に彼女は驚いている。
校門にたどりつくと守衛に軽く挨拶し、固く閉ざされた門の通用口をくぐる。
がしゃりというドアの閉まる音にほっとして彼女は今度は歩き出す。

胸が叩かれたように痛く、ずきずきと疼いた。
視線をそらされたくらいで傷ついたのだろうか? それとも彼が野梨子と一緒だったから?
学校を飛び出してきたものの、家に帰るには早すぎて、かといって街をぶらつく
気にもなれず、可憐はあてどもなく歩いた。
彼女にはわかっていた。答えはすぐそこにある。
もう見えている癖に認めたくない自分は愚かとしか言い様がない。
しかし、認めてしまえば楽になるだろうか、いいや、そうではない。
認めたらもっと辛く、やるせない気もちになるに違いなかった。

もう遅い。彼はこの腕の中にはいない。
彼は戻っていったのだ。野梨子の元へ。やさしい幼なじみの元へ。
でも彼は野梨子を愛してない―――そう思うことで可憐は自分をなぐさめようと
したが、すぐに無駄なことだということに気がついた。
野梨子が清四郎に愛されていない、ということは何の救いにもならなかった。
問題なのは清四郎が、もう可憐と二度と二人では会わないと決めていることだった。

歩道橋の上で激しく行き交う車に目をやる。強い風が可憐の髪をかき乱した。
気がつくと瞳から溢れ出た涙が手すりを濡らしている。
もう遅い。その思いが後から後から激情となって可憐の中から溢れ出る。
「清四郎」
声に出して呼んでみた。返事はない。
「清四郎。私も……本気じゃないっていうのは、嘘だったよ」
嗚咽が漏れた。可憐は歩道橋の上で騒音に紛れて泣いた。

続く

281 :名無し草:04/01/01 13:16
>暴走愛
明けましておめでとうございます。
新年早々うれしい!!可憐切なすぎです…


282 ::04/01/01 23:30
おめでとうございます。「檻」作者です。
本編の途中ですが、大掃除中に小ネタを考えついたので、忘れないうちにうpさせていただきます。
今日と明日の2日間で終わります。
カップリングは無く、恋愛話ではありません。
「檻」本編とは全く関係ありません。


283 :父(1):04/01/01 23:31
「嫌になるよ、まったく――」
魅録は椅子の背もたれを抱きかかえながら、うんざりしていた。
「何が嫌なんですの?」
本日のお茶係の野梨子は、熱いほうじ茶とせんべいをセットにして皆に配っている。
「親父だよ、親父! 
『夜遊びは程々にしろ』だの『警視総監の息子らしい服装をしろ』だの――」
「あら、父親なら当然の発言じゃありません事?」
魅録にえらそうに注意している時宗を思い浮かべ、野梨子は苦笑しながら答える。
「そりゃあ、野梨子んとこの親父さんみたいに立派な人なら説得力もあるさ」
自分の取り分を食べ終わり、そっと魅録のせんべいに手を出そうとした悠理の手をぴしゃっと叩く。
「だけどあいつが立派なのは、口だけなんだよ。
自分がやってる事といえば、オフクロとべたべたしてるだけなんだぜ、いい歳して!」
小うるさく言われた事がよっぽど気に入らなかったらしく、魅録にしては珍しくしつこく愚痴る。
「良いじゃありませんか、仲が悪いよりよっぽど良いですよ」
清四郎は読んでいた新聞を折りたたみ、ほうじ茶を飲む。寒い日はお茶がおいしい。
「あ〜でもわかるよ、それ」
携帯のメールチェックをし終わった美童が、魅録に参戦する。
「父親ってすぐ偉そうな事、言うよねぇ。自分だってだらしないくせに。
僕のパパも『高校生の癖に人妻に手を出すなんて100年早いですよ』って、御説教ばっかり」
「当たり前ですよ・・・・・・」
清四郎は溜息をつきながら野梨子と顔を見合わせる。
『人妻と不倫をしてはいけない』などとあまりにわかりきった事は、父親じゃなくても言いたくなる。
清四郎とて、言って美童が止めるのなら百万回でも言いたい所だ。
更に清四郎的にもう一押し突っ込むなら、美童の父の『高校生の癖に』という
言い方は少し変だ。それではまるで大人になったら不倫をしても良いように聞こえる。


284 :父(2):04/01/01 23:32
「帰るわ」
ずっと黙っていた可憐が、ガタッと立ち上がった。
「おいどーしたんだよ可憐、まだせんべい残ってるぞ――」
可憐は悠理に残りのせんべいを黙って差し出すと
鞄を持ってスタスタとドアまで歩き、くるっと振り向いた。
「清四郎の言うとおりだと思うわよ、夫婦仲がいいって良い事よ、魅録。
美童も一生懸命育ててもらった癖に、自分が悪いことして文句言うなんて――」
そこまで言うと、無表情だった顔がキッと険しくなった。
「頭おかしいんじゃないの!!」
バァンと荒々しくドアを閉め、可憐は帰って行った。


「ヤベ――まずかった・・・・・・よなぁ」
事態を素早く飲み込んだ魅録は、口を押さえて顔をしかめる。
時宗への腹立たしさからか、調子に乗りすぎた事を今更ながら反省する。
「可憐の気持ちもわかりますけど――わざとじゃないんですし、仕方ありませんわ。
変にその話題だけ避けるのも、逆に不自然ですわよ」
「どーしたのかなぁ可憐? 何怒ってんだろ」
覚りきった野梨子の横で、未だ何もわかってない悠理は不思議がっている。
「父親の話になったからですよ」
「?? 何で? そんな話ならいっつもするじゃん」
清四郎に答えをもらったにもかかわらず、悠理には何もわからない。
「魅録と美童が揃ってお父さんの事をけなしたから腹が立ったんですよ、きっと」
「それで何で可憐が怒るんだよ? 自分の親の事じゃねーじゃん」
『ふう』と清四郎が大きな溜息をつく――。
毎度の事ながら、悠理に物事を説明するのは骨が折れる。


285 :父(3):04/01/01 23:33
「可憐のお父様は、早くに亡くなられているからですわ」
1人では説明しきれない清四郎に、野梨子が助け船を出す。
「可憐にとっては『父親』という人が生きて側にいるというだけで
羨ましい事なのだと思いますわ。だから――」
野梨子は魅録と美童にチラッと目をやると、少し言いにくそうに言葉を続けた。
「感謝をするのならともかく――悪口ばかり言うのは間違ってると思ったのかもしれませんわね」
魅録にはフォローをしたが、矢張り可憐の立場に立てば腹立たしいのだろうと野梨子は思う。
可憐に言わせてみれば『生きてるだけいーじゃない』といったところではないのだろうか。
「謝った方がいいよね」
美童は携帯を片手に、可憐のアドレスを探す。
「下手に大げさに謝ったりすると、可憐も余計引っ込みがつかなくなるかもしれませんよ。
明日会った時に、まだ気にしているようだったら軽く謝ってやり過ごしたらどうですか」
「そうですわ、可憐だって美童と魅録がわざとそんな事を言う人間じゃない事位
ちゃんとわかってますわよ」
「だといーけど・・・・・・」
清四郎と野梨子がさりげなく慰めるが、2人の気分は今一つ晴れない。
「なー、メシ食おうぜ」
それまで何か考え事をしていた悠理が、突然切り出した。
「今は食事なんてしてる気分じゃないよぉ」
美童が『ぐすん』と鼻をすすりながら悠理を睨む。
「今じゃねーよ、今夜。皆であたいんちに集まってさ、可憐も呼んで」
「悠理――気持ちはわかりますが、今夜はちょっと早すぎませんか? せめて明日に――」
悠理は清四郎の言葉を『待った』のポーズで遮り、ニッと笑う。
「いーや、今夜でいーんだよ」
それだけ言うと、鞄を持って立ち上がり帰る態勢を整える。
「じゃ今夜8時にあたいんちな、可憐にはあたいが連絡しとくよ。遅れんなよ!」
そう言って元気良く、鼻歌混じりに部室を後にした。
「何か企んでますわよ、悠理――何ですかしら?」
訝しげな野梨子に、清四郎も心配顔を隠せない。
「嫌な予感がしますねぇ・・・・・・。妙な事を考えてないといいんですが」


286 :父(4):04/01/01 23:33
「あーあ・・・・・・」
鞄を両手で後ろに持ち、ややうつむき加減で可憐は帰り道を歩いていた。
魅録や美童の言っていた事は、きっと子供が父親に対して普通に思う考えだろうと思う。
2人が悪いわけではなく、可憐が過剰に反応しすぎなのだ。
可憐だって、父親が生きていたらきっと色々な事に対して文句を言っていたに違いない。
頭ではそうわかっているのだが、ああいう会話を聞くとどうしても我慢出来ない時がある。
皆は、自分がどれだけ恵まれているかわかっていない――。
ただそこに父親がいてくれるというだけで、それがどんなに幸せな事か。


「ただいまぁ」
力無くリビングのドアを開けると、可憐の母、樺子があわてて身支度をしていた。
「ああ、お帰りなさい可憐ちゃん」
「どこか行くの?」
時間が迫っているのか、母は止まる事無く動いている。
「ママこれからお得意様のお家に行くから――。
どうしても夜じゃないと時間が空かないっておっしゃるのよ。
御夕飯は御客様と一緒に済ませてくるから、ママの分はいらないわ」
「うん、わかった・・・・・・」
本音は今日は独りで居たくはなかったが、あんな別れ方をしたから、倶楽部の皆には連絡しづらい。
今夜はおとなしく独りでいるしかなさそうだ。
「・・・・・・どうしたの? 元気無いじゃない」
覇気が無い娘に、樺子は立ち止まり顔を覗き込んだ。
「パパがいてくれたら・・・・・・、淋しくないのにな」
――樺子の動きが止まり、顔がこわばる。
『しまった』と可憐は思ったが、口に出してしまった以上、もう遅かった。


287 :父(5):04/01/01 23:34
「あっ・・・・・・今夜、皆を呼んで飲もっかな! いいでしょ? ママ。よし、決定!
いーわよねぇ、パパが居ないって。こーいう事も自由に出来るんだもん」
「可憐ちゃん・・・・・・」
樺子は立ったまま、可憐を切なそうに見つめている。
「パパが居たら、こうはいかないわよねぇ。
『高校生の癖に酒は飲むな!』とか『夜遊びするな!』とか、ぜ〜ったいうるさいわよ」
間が開くと気まずくなりそうで、可憐はわざと絶え間なくしゃべる。
「ほらママ! もう行かなきゃ、間に合わないんじゃない? 急いで急いで!!」
樺子に無理矢理荷物を持たせ、押し出すように送り出す。
「いってらっしゃ〜い! 帰りにケーキ買ってきてね〜」

「ふぅ、危なかったぁ・・・・・・」
一息ついてリビングに戻り、ソファにドサッと腰を下ろした瞬間、大音量でメールの着信音が鳴った。
「きゃあっ!!」
ソファからずり落ち、腰を強く打った。
「何だぁメールか・・・・・・びっくりしたぁ誰よ、も〜」
『いてて』と言いながら、鞄から携帯を取り出す――。
メールは悠理からで、今夜一緒に御飯を食べようといった内容が書かれてあった。
「何だ、ちょうど良かったわ」
勢いで樺子についた嘘が、本当になりそうだった。
可憐は慣れた手つきで『OK』の返事を打ちながら
美童と魅録にさりげなく謝れるといいな、と思っていた。

                                    続きます


288 :名無し草:04/01/02 01:10
>父
可憐の複雑な想いと母親にふと漏らしてしまった本音が、
とてもありそうな情景で良かったです。
悠理の怪しげな?企みは何なのか、後半も楽しみ。

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